話の屑籠・昭和十年

昭和十年

本誌も、今年で創刊以来、足かけ十三年目である。その間、多少の隆衰はあったが、まず立派に面目を維持して、日本の文化にも思想界にも多少の貢献をしてきたと思う。常に中正の立場にあったから、左傾時代が来ても、反動時代が来ても、一度も困難な境遇に落ちたことはなかった。雑誌などの社会的使命は、一会社や一銀行などよりも、ずっと大きいものだと思っているが、雑誌社長などは、未だかつて国家的に認められたことがない。実業家が、金儲けをしながら、勲章などを貰ったりするのと比べると、どういうものだろうか。一大学教授などと、比べてどちらであろうか。僕は雑誌をやっている方が、使命が大きいと思う。当分、誰も認めてくれそうにもないから、自分で認めておくことにする。


中学の教科書の誤謬が、いろいろ指摘されているが、それは当然である。およそ、教科書屋ぐらい無責任なものはない。例えば、僕らの作品を入れる場合なども、作家の作品をよく精読してから選択するものではなく、他の教科書にあるものを取るのである。だから、僕の作品など、「形」という大してよくもない小品を、五、六種の教科書が、入れてあるのである。一つの本にはいっているのを他で入れるのである。これなどは、教科書の編集が、いかにいんちきであるかの証拠である。


廃娼運動の先駆をしたのが、高崎地方で、明治二十六年のことで、それから四十年目に、全国に廃娼が実施せられるそうだ。娼妓などという、およそ非人道的な存在を無くすることにさえ、四十年かかるのである。社会制度の改善などが、容易に行なわれないのは、当然である。それを考えると、いやになってしまう。


大演習を陪観したが、たった一日しか行けなかったので、あまりよく見られなかったのは、残念であった。もっとも、見物に見えるようなら、敵に見つけられて狙われるということで、なるほどと思った。だが、この頃戸山ケ原へ散歩に行ったとき、士官候補生らしい人たちの訓練を見ていると、秋霜烈日の感があって、軍人は真剣なものだと思った。


愛読者大会の文士劇は、好評嘖々(さくさく)であった。久米、小島、川口、今などの上手なのには、驚いた。玄人の演技よりも、むしろ上手なくらいである。これから、東京では春秋二季くらいにやりたいが、なにぶん費用がかかり過ぎるので、考えている。


裁判所の取調べに際して、拷問類似云々ということが、貴族院の問題になっている。我々国民が制裁を受けるのは、法文による以外は、あるべきはずはないのであるが、取調べ中の拘留とか拷問云々などで、法文による制裁以外の刑罰を受けさせられていることは嘆かわしいことである。しかし従来拷問云々など、それに近き事件は、幾度も耳にしたが、未だかつて議会の問題になったことはない。しかるに、今度はその被害者が、たまたま議員たちの友人であり仲間であったために、今さらのように議会の問題になるなどは、はなはだおかしいと思う。だから、議会は特権階級のために存在しているなどという非難が生ずるのである。これに対する社会大衆党の声明は読んでいないが、伝えられる主旨によれば、賛成である。だから、今の議会は、生活難や失業難などに対する対策を講ずるはずがないのである。彼らの階級は、いつもそんなものからは、安全であるからだ。


収賄事件の続々として絶えざるのは、いやになる。「収賄は人間の天性なり」ということを、ギリシャの哲学者でもいったことがあるように思うくらいである。官公吏などは、恩給をもって晩年の生活までも保証して、一念奉公の誠を尽させるような制度にしてあるにも拘わらず、不当な利益を貪るのは、けしからないと思う。これに比ぶれば、「貧の盗み」などは、百分の一の罪でもないと思う。法律を改正して、収賄などは厳罰すべきであると思うが、法律を改正したりする連中は、自分たちのやった場合を考慮して、重くはしないのだろうと思う。


「芥川賞」「直木賞」のことは、別にいった通りだが、あるフランス人の話では、フランスなどには、二百いくつかの文学賞金があるそうである。偉大なる作家の記念賞金をはじめ、出版書店で出している賞金、変っているのでは葡萄酒製造業者が出しているのなどがある。それは、葡萄園や葡萄酒製造の実際などがよく描かれている作品に、贈られているとのことである。「芥川賞」「直木賞」も、金額は少ないが、日本における文学賞金の先駆となれば、幸いであると思っている。


内務省などでも、最も健全な日本文学に賞金でも与えることにすれば、思想善導の一助になるだろうと思う。その方が、先日「東京日日」で、ちょっと報道された計画などよりも、数等勝っていると思う。


市川源三という女学校長を、僕はあまり好きではないが、その人の「現代女性読本」の思想が、男女同権を認めてあるため、府会で非難されているなど、おかしな反動時代になったものである。

(十年一月)


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