話の屑籠・昭和十年

帝人事件ぐらい、いやな疑獄事件はない。官吏の収賄もとよりにくむべし。しかし、革手錠などというものは、被告中の凶暴な人間とか、精神薄弱者などに用いるものではないのだろうか。そんなものを用いなければ、尋常な取調べの続けられないようなコンマ以下の人間が、ついこの間まで、国家の重要なお役所に勤めていたということは、おかしなことにならないのだろうか。


犯罪の現場で捕まった被告人以外は、たとい嫌疑が濃厚でも、裁判の判決がある前は、まだ罪人ではないのだから、人間並みの扱いをするのが当然であると思う。もし、公判の結果無罪になった場合は、予審中に与えられた精神的苦痛は、いかなる方法によって償われるのだろうか。


昔の武士は、不浄の縄付きになった場合、ただそれだけで、腹を切ったものだ。そうした精神的苦痛などというものは、いかなる方法によっても償われることはないものだと思う。自分は、麻雀事件で、犯罪の確証なしに警視庁へ呼ばれただけでも、未だに憤懣の情に堪えない。もう一年にもなるが、それでも毎日数回思い出すごとに、いらいらして来る。自分の生涯の中に、何かの時に、あの鬱憤を晴らしたいと思っているくらいだ。


とにかく検察当局などの態度は、徳川時代とあまり変っていないように思われるのは残念である。拷問的な手段などによれば、たいていの人間はどんなことでも白状するものだ。昔、牢問いの名手をもって聞えた与力があった。ある時、試みに自分の下僕に無実の疑いをかけて、拷問によって責め問うたところが、その下僕はたわいもなく白状してしまったので、その与力は憮然としてしまったということである。肉体的苦痛に抵抗できるのは、何々無宿の凶賊だけであろう。


自分は、帝人事件の被告に同情するのではない。人格蹂躙(じゅうりん)云々の噂を慨嘆するのである。万一の場合、我々でも、拷問類似のことをやらされたら、どんな無実なことでも白状しそうだからである。文化が進めば進むほど、人間は肉体的苦痛には、弱くなるのだ。


民権自由などという言葉を、今さらこと新しく絶叫しなければならないのだろうか。司法権の神聖ということだけは、我々は信じさせてもらいたいと思う。もし、それが信ぜられなくなれば、我々は常住不断の不安を感ぜずにはいられないからだ。


芥川賞、直木賞は割合、各方面の歓迎を受けたようで満足である。ただ、芥川賞の委員が偏してるという非難をした人がいるが、あれはあれでいいと思う。芥川賞はある意味では、芥川の遺風をどことなくほのめかすような、少なくとも純芸術風な作品に与えられるのが当然である。その方が、ところを得ているのである。プロレタリア文学の傑作のためには、小林多喜二賞といったようなものが創設されてよいのである。


この十年来の劇壇を見ていると、新劇運動はことごとく失敗に終り、商売劇場にはいよいよ下らない芝居ばかりが、演ぜられている。これでは、演劇そのものが、いつかは衰微してしまうような気がするのである。新劇運動の失敗も、結局はそれに伴うよき脚本ができなかったためであるような気がするのである。劇場の建物が、どんなに増え、またどんなに立派になっても、そこでやっている脚本が今のままでは、それこそ黄金の鳥籠に雀を飼っているようなものである。自分は、日本の劇壇の振興を計るのには、よい脚本家を養成することが、急務であると思うのである。その意味で自分は「脚本研究会」といったようなものを組織し、脚本本位に、劇壇の改善進歩を計ってみたいと思っている。これは、去年から考えていたのであるが、忙しくて実行できなかった。近いうちに、実行したいと思っている。詳細は、来月号までに発表するつもりだ。


新潮社の佐藤さんが「人の道」にはいって、それを雑誌経営のイデオロギーとしている。しかし、そういえば講談社にも、ちゃんと「栄え行く道」というのがあって、創業以来そのイデオロギーでやっているわけである。ただ前者に多少の神秘化があるだけで、日常道徳の上ではよく似ている。


我々は、十年前までは、米国恐怖症にとらわれて、何となく不愉快であったが、この頃は米国などを何とも思っていないような気勢が漲(みなぎ)っているのは、心丈夫である。国民の意気が上がっているというのであろうか。他のことはさておき、それだけは愉快である。

(十年二月)


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