脚本研究会の規定は、別項に発表した通りだ。自分は、今までの新劇運動のように、理想的な舞台や脚本を求めているのではない。現在の興行劇壇を考えてみると、ああいうものは夢想に過ぎない。結局、現在の劇界を革新するのには、現在の劇壇に立脚して、それを一歩二歩ずつ進歩せしめる外はないと思うので、すぐにでも上演できるもので、内容的に少しでもよい脚本を書けるような腕達者の脚本作家を養成したいと思っている。だから、会員の作品で、少しでもよい脚本ができれば、松竹の大谷氏なり、将来多くの劇場を持つらしい小林氏なりに頼んで、上演してもらうつもりである。
純文学はこれは、他人から教えられるものではなく、自業自得の苦心によるほかはない。そこへいくと、大衆文学や脚本は、より技巧的なものだけに、教え得るし習い得るものだと思っている。だから、ああした研究会の存在も意義があると思う。もし、よき会員さえ得れば、一、二年のうちには、相当の脚本家を出せると思っている。
中村鴈治郎が死んだ。「藤十郎の恋」をやってくれたので、縁故がある。谷崎潤一郎氏はわるくいっておられたが、自分は、形を主にした昔の歌舞伎芝居のスワン・ソングだと思って、微笑ましき好意を持っていた。台詞などはめちゃくちゃで一人合点ででたらめをいう人らしかったが、あの形の美しさは、歌舞伎の最後のものであったろう。僕は、一、二度しか会わなかったが、そのお世辞のいいもののいいぶりは、舞台と同じように、技巧的で、結局実人生においても、舞台におけるがごとく、常に擬態(ポーズ)を持っていたのであろう。
平凡社社長下中弥三郎氏の「維新を語る」という本を、つい最近読んだ。複雑な維新のあらゆる事件を、手軽に順序よくまとめてある点で、維新史の概念を得るためには、絶好の本である。その所論も公平で、著者自身のごとく穏健である。昭和非常時に処するには維新の非常時を一通り知っておくことはかなり必要であるように思う。志士の過激な行動によって、幕府や朝廷の態度が動揺するところなどは、興味が深い。
小泉三申氏の東日にかいた文学談は、政治家としては、よくものの分かった方であろうが、末尾に「六十年来馬琴、一九なし」には、少し駭(おどろ)いた。馬琴などは、当時ああいう読物をかく人がたった一人であったため、後世に残っている人で、学識と一種の文章だけはあるが、およそ文学というものとは縁の遠い作家である。一九のごときは、駄洒落まじりの旅行文学が、旅行の困難であった江戸人の趣味に適合したのに過ぎないのだ。
中央公論社の通俗小説全集の中、今読んでも、古くないのは、泉鏡花ただ一人だ。「婦系図」の描写の新鮮であるのは、敬服の外はない。本物は、いつが来ても、古くはならないのだ。
純文学の不振は、この頃はなはだしい。しかしそれは大衆文学が跋扈(ばっこ)しているなどということよりも、純文学に十分な市場価値がないのだから、仕方がない。この頃純文学に市場価値があれば、「新潮」とか「文芸」「行動」などが、どんどん隆盛になっていいわけである。ああいう雑誌が、五万、十万売れるようになれば、どこの出版書店も、欣んで、文芸雑誌を出すことになり、純文学の全盛時代が、現出するわけである。しかし、現在のごとく、純文学だけで立派に一軒の所帯を張り切れないようでは、結局どうにもならないということになるのである。だから、純文学の士は「新潮」や「文芸」「行動」などに全力を注いで、ああいう雑誌を全盛ならしむることが、純文学振興の第一策であると思う。ああいう文学に奉仕している雑誌を現状のままにしておいて、(もっとも、案外儲かっているのかも知れないが)新聞の長編小説欄を奪還せよとか、大衆文学を駆逐せよなどといっているのはおかしいと思う。
芥川賞に就いて「新潮」のスポット・ライトで僕と同じ意見を述べていてくれたのは、意を強くした。とにかく芥川賞、直木賞は、相当の反響があってうれしかった。金額が少ないようだが、年額総計二千円で、「朝日賞」の副賞の金額とそんなに大差がないのは、微々たる文藝春秋の催しとしては、努めていると見てくれてもいいと思う。もし、幸いにして、よい作品が見つかったら、授与式はできるだけ盛大にして、文壇行事の一つとしたいと思う。
(十年三月)
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