「思ふこと云はでやただに止みぬべきわれと同じき人しなければ」というのは、たしか在五中将が時世を慨しての歌である。しかし現代では、「思ふこと云はでやただに止みぬべきわれと同じ人は多けれど」だ。
なぜ、新聞などが四、五年前に比して、まるで顧みて他をいうような論説ばかりしているのか、外に原因はあるだろうが、半分以上は暴力団がうるさいからだろう。暴力団の取締まりなどは、厳重にするなどという声明ばかりで、いざとなると、いい加減なものである。しかし、暴力団が増えるのも、結局各方面が行き詰まっていて仕方なく、少し胸節がつよく乱暴な性質の青年は、暴力団へでもはいる外、仕方がないのであろう。そう思えば、暴力団の人たちも気の毒である。しかし、時勢が急変などして、ああいう人たちが、団結して威張り出したりすれば、さぞかし不愉快なことだろうと思っている。
日本でも、言論学説などが、弾圧される時代になったが、新帰朝者からナチス治下のドイツのことを聞いてみると、日本などはまだ結構な国だと思った。ナチスをちょっと悪くいっただけで、監獄に入れられるのは、辛いに違いない。
先日、ある人から聞いたが、維新の時、会津の松平家は宗家徳川のために、最後まで奮闘して、朝敵の汚名を蒙ったのであるが、明治になると、徳川一門は会津が朝敵の名を取ったという理由で、長く一門扱いをしなかったそうである。ところが、近年会津松平家に栄誉ある出来事があったために、また急に一門扱いにし始めだそうである。これが世間とでもいうべきであろうか。もっとも、明治になると、幕府時代に松平を名乗って威張っていた大名でも、松平を捨てて大給(おぎゅう)とか久松とか名乗った連中もあるということである。
日本が数年来、反動的な右傾時代になったのについては、政党政治の堕落も、その一つの原因であるが、もう一つは共産主義者の妄動である。彼らは、日本に対する正当なる認識を欠き、自己の力量をも知らず、実現不可能な理想をふりかざして、社会不安を醸成したために、かえって反動勢力の台頭に口実を与えてしまったのである。彼らの妄動のために、合理的な労働運動や、正当なプロレタリア解放運動までがオジャンになってしまった。十年前までは、あんなに盛んであった改造とか解放とかいう言葉が、今ではどこにもきこえなくなった。日本の社会改革運動は、合法的な社会民衆党的な主張によって、穏健に確実に行わるべきであったのである、そうすれば、今では無産党の代議士だって三、四十人はできていて、議会において頼み甲斐ある行動をしているのに違いないのだ。
先月号で、坪内博士のことを書いたら、読者から賛否両論の手紙が、数通来た。賛成の方はとにかくとして、自分に反対の人は、みな故博士の人格云々を高調している。しかし、それは素人のいうことである。どんな高潔な人格者の力説でも、つまらないものはつまらないのだ。文学者の人格などは、その人の人気には影響はあるが、その人の作品の価値を寸毫も動かすものではないのだ。オスカー・ワイルドやヴェルレーヌのデカダンな生活は、彼らの文学者としての位置を、少しも割引しないのだ。
さらに例をいえば、シェイクスピアだ。シェイクスピアはその作品を翻訳をしたことだけでも、何か大功業のようにいわれるほどの世界的文学者だが、その青年時代に鹿泥棒か何かをして、郷関を追われたという伝説も、また有名である。鹿泥棒をしたことなどは、彼の世界的文豪であることに少しの差し支えもないのである。それと逆に、どんなに名利に恬淡で、高士の風ある人でも、その人のした文学的仕事がつまらなければ、人として尊敬できても、文学者としては十分な尊敬は払い得ないのだ。
郵便局の集配人をして、やっと弁護士の試験に通った人が、いざ開業となって、弁護士になるのも容易でないことに絶望して自殺したという新聞記事は、多くの人の心を暗くしたに違いない。修身教科書や修養読物などの立志美談など、もはや通用しない世の中である。
やっと入学試験にパスして高等学校にはいり、そこを卒業したところが、半数も大学へは入れないらしい。こういう教育制度の欠陥は、何をおいても早急に改善すべきことではないのだろうか。
能動主義の議論とか、通俗小説の議論とか、何の役にも立たない議論ばかりしているようにしかみえない。ただ、新聞の学芸欄などを埋めるために、何かもっと力強い主義主張が生まれるまで、文壇は現状維持の外ないのであろう。
(十年五月)
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