千葉亀雄氏が、とうとう死んでしまった。この人は、立志伝中の人で、一生涯努力奮闘した。自成人(セルフメードマン)であった。苦学などしたに拘わらず、高潔で正義観の強い人であった。国民新聞を退社したのは、同氏が桂内閣の擁護をやり出したためであるなど、相当硬骨なところもあった。たいへんな読書家で、天井のかなり揺れるバスのなかでも、書冊を手から離したことがないといわれていた。精力絶倫の活動好きで、学校の講師なども、頼まれればいくらでもやるという風だった。品行は方正で、絶対に酒色を近づけなかった。三上於菟吉氏が酔余「千葉さんのように、一生涯女も買わないで何がたのしみですか」とからかうと、千葉氏は苦笑しながら「忙しくって、忙しくって」といっていた。
僕が、かつて時事の社会部にはいった時、千葉さんは部長であった。文学好きの千葉さんは、僕が「新思潮」の同人だというので、絶えず好意をもって、引きたててくれた。その後文壇に出てからも、創作批評をしていた千葉さんは、僕の作品が良ければ褒め、悪ければ黙っているという風だった。その後も、僕のやることは、何ごとも善意に解釈してくれた。
僕は、先輩の作家などの所へは、どこも出入りしなかったから、千葉さんなどは、先輩というべきただ一人の人だった。こういう謹厳な先輩がいて、外ながら、僕の行動を見ていてくれるということは、大変いいことだと思っていたのだが……。
伊エ戦争などを見るにつけ、国際間のことはなお、武力によるほかはないということを、誰でも痛感するだろう。国際間の協調平和などは、まだまだ未来の夢に過ぎない。堅実剛健な民族となって繁栄していくということがいちばん大事なことかも知れない。
県会議員選挙の結果は、既成政党の勢力が元のままであるといって、失望しているらしいが、今の選挙法でやる以上、いくら粛正運動をしても、同じことであろう。地方の金持ちや、弁護士や、職業政治家など以外に、新人物を求めるには、職業代表制にでもする外はないと思う。我々が考えても、議会に送りたいような人物は、たくさんいるのだが、立候補しないのだから、仕方がない。
(十年十一月)
| 目次 | 《前 後》 |