総選挙が最近に行われることになった。選挙粛正運動が、政府によって行われている。しかし、今の選挙法では、ある程度以上のいい議会にはなりっこないと思う。立候補する顔触れが固定しているからである。選挙民の尊敬し信頼できるような候補者がいないのである。そんな場合、選挙民は棄権する外はないからだ。いい議会を作るために、早く職能代表制にでもするほかはない、そうすれば、同じ職業の中から選ぶことになるから、候補者の識見人格も、十分識別することができると思う。そして、代議士が、弁護士や金持ちや地主だけでなく各方面の人材を網羅することになると思う。選挙粛正は、なさざるに勝ること万々である。しかし、候補者の素質を少しも高めないこともまた事実である。
横光利一君が、今度外遊することになった。「東京日日」から特派される形式であるが、雑誌は本誌へ主として執筆する約束だから、「文藝春秋」の特派員ともいっていいわけである。横光君は、特殊な見方や考え方をする人だから、言っただけの甲斐はあるだろう。いつか上海へ行っただけでも、相当収穫があった。欧州へ行けば、見聞記も面白いものを書くだろうし、作家としてもいい題材を持って帰るだろう。
著作権審査会委員の手当として、年末に、内閣から金百円貰った。お上から金を貰ったのはこれが初めてである。嬉しいようなくすぐったいような気がした。
「東日」の学芸欄に出ている文壇諸家の百人一首というのを見たが、そのほとんどすべてが啄木調であるのに驚いた。素人が歌を読めば結局啄木調になるのである。啄木の歌集が売れるゆえんも、ここにあるのであろうと思った。正月の学芸欄の文章では、「報知新聞」で、村上浪六氏が吉井勇氏に与えて、その祖父吉井幸輔に世話になった話を書いていたのはいちばん面白かった。
前々月号の「文藝春秋」で、久原さんが薩人が田中河内之介父子を殺したことを非難して、薩人は利己主義である、と憤慨しておられたが、その点は長州人も同じで、天誅組の首領中山忠光卿を暗殺したばかりでなく、蛤門の戦に長州人と協力して戦い天王山で壮烈な死を遂げた勤王純忠の志士真木和泉の子真木菊四郎などを自国内で暗殺している。長州で十分保護しなければならない同志の人々を暗殺しているのだ。これらは俗論党のやったことだろうが、長州人としては責任のあることだ。維新史を読んでこういう事実を知る時ほど、不愉快になることはない。
しかし、西郷隆盛に対する忌憚なき批評は賛成であった。維新の功臣を誉め賛えたりする前に、中道にして倒れた前記の真木和泉だとか平野国臣だとか、田中河内之介などの遺跡をもっと顕彰したいものだ。薩長の連中などと比べて、こういう人たちの勤王こそ政治運動を離れた純粋の運勧である。
「オール讀物」二月号に出ている吉川英治君の「御鷹」は、吉川氏としても大衆文学としても近来の佳作であろう。
某雑誌社と某々雑誌社とが、広告料の協定が付かないので、某雑誌社の雑誌の大広告が当分両新聞に出ないらしい。新聞の広告料というものは、宿屋のお茶代と同じで、本当はいくらが正当の価値であるか、はっきり決められないものである。広告の効果は、顕著なものであるが、さてその料金はいくら払えばいいのか、容易に決められないのである。一行一円で、払い過ぎているかも知れないし、払い足りないかも知れないのだ。正当な料金を測りようがないのである。全然同価値の単行本を一つは広告し、他は広告しないで発売してみればわかるかも知れないが、しかし全然同価値の単行本など存在しない。またたとえ存在したとしても、世間の景気不景気も影響するだろうし、到底測りがたいものである。しかし、今度のように、雑誌社が頑張って半年も広告をせず、それで雑誌の売行きに大した影響がないとすれば、新聞の広告料はもっと下げてもいいということがわかるし、売行きが減じたとすれば、広告料はもっと払ってもいいということになるわけで、両方にとってなかなか重大な問題であると思う。ただ、雑誌の広告などは、広告にして同時に一つの重要なニュースである。雑誌の広告が出ないと、新聞紙面が何となく淋しい気がするのは、動かしがたい事実であろう。
生田長江氏が死んだ。僕の出世作「忠直卿行状記」を推奨してくれた人である。一宿一飯の恩を受けた人である。その晩年不遇であったのは、気の毒であった。
(十一年二月)
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