第一回芥川賞の石川君は、大変な成功で、正月号に載った「深海魚」もまず好評であったし、同君の文壇的位置は、確立したといってもよい。直木賞の川口君は、元来相当有名であったから、受賞の効果も、石川君ほど目には見えないが、しかしまず成功といってもよい。第二回の選考を、いよいよ始めることになったが、直木賞の方は、候補者もないではないが、芥川賞の方は、混沌として当てがない。が、第一回通り、できるだけ、公平に丁寧に審査するつもりである。
今講演会で、高知に来ている。東京は、大雪が降り、寒気凛冽であるが、ここは南国だけに、雪がなく、あまり寒くない。神戸から高知へ来る船も、少しも揺れなかった。早暁、甲板に出てみると、ちょうど室戸崎を通るところだった。弘法大師の「法性の室戸ときけど我すめば有為の波風立たぬ日もなき」の歌などを思い出した。海からは、小高い山のように見える。浦戸湾はなかなか広々とした所である。(八日高知にて)
今度開通した土讃線で、阿波まで来る。吉野川の上流、大歩危、小歩危の渓谷は、なかなか美しい。水があくまで美しく、染料を溶かしたように青い。徳島図書館のモラエスの遺物は、なかなか面白かった。モラエスの記念会など、つまらない催しだと思っていたが、あの遺品を見ると、愛すべき人間だと思う。欧州で出した、日本に関する著書も十七種に及んである。あれならば、その遺跡を顕彰してもよいと思う。(九日徳島にて)
高松へ帰るのは、九年目である。昭和二年、芥川全集発行の時、その宣伝講演旅行の途次、高松に寄って以来である。今度は、久しぶりに諸友を伴って、帰ったわけである。知事、市長、商業会議所、中学の同窓生などがこぞって歓迎会を開いてくれたことは、たいへん嬉しかった。僕も、友人に対して、肩身が広い気がした。諸友人の高松およびその付近の風光に対する感想は、それぞれ何かで、書くだろうから、それを御覧ねがいたい。ただ、みんな相当満足してくれたことは、確かである。
別府での歓迎も、市役所、商業会議所が主催で歓迎会をしてくれたし、料亨「鳴海」などは、私費を投じて歓待してくれた。総じて、今度の旅行は、各地とも非常に歓迎してくれた。各地方の方へ、厚く御礼を申し上げておく。
(十一年三月)
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