煙草値上げのために、我々のポケットは、銅貨の多いのに悩まされている。近来は、銅貨などは、偶にしか受けとらなくてもよかった。煙草の値段も二銭とか三銭とかの釣銭を受取らなくってもすむような代価を付けてもいいように思う。国営である以上、そのくらいの余裕があってもいいのではないか。
何かこせこせした一国の財政が、煙草の釣銭の煩わしさにも現れているのかと思うと、煙草を買うたびに嫌な気がするのである。
伊藤、山県、桂などいう、政権をしっかり把握していた昔の首相に比べると、近頃の総理大巨は、唐様で書く三代目に近いようである。時代も悪いのであろうが、人物も低下しているのであろう。自分は、日本人として一番たまらないことは、満州で匪賊(ひぞく)に捕えられて、引っ張り回されることだと思っていた。ところが、最近日本人が、同じ日本人の面前で、権力によって、犬のようにチンチンをさせられたという新聞記事を読んで慄然とした。この方が、匪賊に引っ張り回されるよりも、もっとたまらないことだから。
昭和十一年は、国民にとって新しい希望を持たせるような明朗なことは、何ごともなかった。非常時もいい。大増税もいい。が、それと同時に、何か一つかニつは国民を明るくし、国民を喜ばせるような政治を行ってもいいのではないだろうか。
国定教科書が、海軍の異議によって改定されるそうである。甲板を洗う水兵を蛙にたとえてあるのがいけないということである。もっとも千万な非難である。いかに、国定教科書が良識(グッドセンス)に欠けているか、一事をもって万事を推すべしである。八年制の実施などよりか、教科書の改正の方が、費用がかからない上に、国民教育の上に十倍くらいの効果があがるだろう。
全国の各地から、困っている人が救済を求める手紙が頻々として僕の所へ来る。いかに、困っている人が多いかがわかる。困っている人が誰かに救いを求めようと考える時、有名人の中では、僕などは金回りがよいようにすぐ思い浮ぶのであろう。が、国民の生活が窮追していても、一小説家たる僕の責任ではないだろう。責任を問われるとしても、小説家などはずーっと末の末だろう。多くの国民が困っているとしたら、まず責任を問われるのは、総理大臣か大蔵大臣であろう。僕の所へ窮迫を訴えるような人々も、よくものの本末を考えて、まず総理大臣や大蔵大巨に手紙を出すべきだと思う。そうすれば、すぐ無心は聞いてくれないにしても、政治を行う参考にはなるであろうと思う。
志賀暁子が執行猶予になったのは、名判決であった。フランスなどでは、女性は人を殺しても、なかなか罰せられないそうであるが、日本などは女性がいろいろ不利な条件の下に、生活しているのだから、たとえ法に触れても、法はできるだけ寛大な処置をしてもいいのではないかと思う。ことに志賀の場合など、山本有三のいったごとく、相手の男は平然としてステッキをついて銀座を歩いているのだから、あまりに片手落ち過ぎるのだ。この上は、映画が、志賀に対し更生の道を開けてやれば、さらにいいだろうと思う。
僕も、明けて五十である。友人たちは、誕生五十年の祝賀をやってくれるとの話であるが、僕は断然断るつもりである。僕は、今まで自分のために「何々の会」などは、一度もやってもらったことがない。僕は、僕のために、人に集まってもらうのは、葬式の時だけでいいと思っている。「何々の会」などは、華やかに見えても結局は景気づけで、その当人の勢いの微弱を感ぜしめる時がある。それに、僕などは恋愛小説を書いている以上、そういう方面の読者などに、年寄りじみた感じを与えるのは、厭である。
僕は、数年来、人生五十年説を自分の身体において信じていたが、とにかく五十まで生きられたわけである。後、何年生きられるだろうか。しかし長生きの自信などは少しもない。僕はこの次のオリンピックの話など、少しもする気がないのである。常に、後一、二年のことしか念頭にないのである。自分の心臓に対する自信が、少しもないからであろう。
(十二年一月)
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