話の屑籠・昭和十二年

国家の革新とか庶政一新などということは、それを行おうという熱意だけでは、うまく行くものではない。そういう熱意と、秀れた政治的手腕とが結合された時に、初めて達成されるものである。庶政一新などというものは、人体に例えれば、開腹手術のようなものである。練達堪能の国手(こくしゅ)の手を待たなければ、完全には成功しないだろう。下手な医師の手にかかって、余計な苦痛をなめさせられたり、余病を起して、命を取られたりすると大変である。


文化勲章が制定せられた。芸術が一国の文化に対する貢献を国家が認めたことは、嬉しいことである。


ソヴィエトで、反革命の嫌疑で、相当な人物が容赦もなく銃殺されるのを見ると、はなはだ不愉快である。これでは、帝政ロシアの暴虐以上ではないか。左傾にしろ、右傾にしろ、独裁主義の国家は、我々人類のために決して住みよい国ではないようである。


ファンク博士の「新しき土」も、あまり成功でないようだし、藤田画伯の日本紹介映画も、非難が多かったようだし、六代目の鏡獅子の映画も駄目だったし、こういう仕事は、よほど慎重な準備がなければ、十分な成功は収められないようである。欧米の文化と日本の文化とを、両方ともよく味得している人才が出なければ、うまく行かない仕事かも知れない。

(十二年三月)


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