今度の総選挙くらい、はっきりした名分のない選挙はないだろう。これで、国民に緊張しろといったとて無理である。議会を解散するのなら、もっと華やかな名目で、適当した時期にやってもらいたいものである。ああいう解散では、舞台に比べれば、幕が切れていないのである。そして、選挙の結果もはっきり知れているし、しかもその結果で、勝ったものが勝ったことにならないのであるから、およそ下らない。ただ、我々は無産党が、どのくらい進出するかといったようなことに興味を持つだけである。
実際に、立派な代議士を得るためには、選挙法の改正をするほかはないと思う。今のように、少なくとも一万円以上の金がなければ立候補できないような制度では、代議士の人種が決定されるのは当然である。地主や金持ちや、弁護士や、そんな人種ばかりが出るのである。職能代表制にして、選挙を公営にしたら、日本の議会は一朝にして粛正されるだろう。今のような選挙法では、幾度やっても同じことである。
議会の反省を求めるというが、内閣そのものが国民の輿望に沿うているかどうか、はなはだ疑問である。一国の大政を処理し得るような政治家は、日本には当分現れないのだろうか。元始的イデオロギーだけで、複雑した現代政治をやれるわけではない。この内閣、この政党、国民はいずれに帰すベきか、迷わざるを得ないであろう。
僕は市会議員に出たので、また衆議院もやるのではないかと会う人ごとにきかれたが、僕は全然やる気はなかった。ことに「市会議員の選挙の時、市会に出るのは、代議士になる準備などでは決してない」と、二、三カ所で演説したから、自分でちゃんと封じたことになっているのだ。ただ自分で出なくっても、いろいろな縁故で応援演説を頼まれるので、少し苦になっている。
去る三月二十五日、日比谷公会堂で催した読者大会は、大盛況であったが、そのため折角来場された無数の読者諸君を返すことになってまことに申し訳がない。何分プログラムの関係上、本当の愛読者というよりも、父兄の雑誌から入場券を貰った映画ファン的の女性か子供が多く、そのために肝心の愛読者が入場不可能になり、主催者側としても本意でなかった。とにかく、早いものがちにしたことはこちらの手落ちでまことに申し訳がない。そのため、別項発表の通り第二回を催すことになったから、こちらの誠意を了承してほしい。
四月七日の大阪の公会堂での方は、超満員であったが、会場が広いせいもあり、混雑はなかった。しかし、あんなに聴衆が多いと、ざわついて講演などはほとんど不可能である。
これは、今度大阪へ行った時の土産話である。京阪国道は、従来自動車事故が多いので有名であった。ことに、その場所が決っていて、三本松といって、往来の真ん中に三本の松があるあたりが、最も多かった。今年の正月行った時、僕を乗せた自動車の運転手の話では、元来その辺は、京都によくある竹薮が多かった所で、国道を開くについて、竹薮を切り開いた時、たくさんの子狐を殺した。その崇りで、三本松あたりへ来ると、不思議にハンドルの自由を失ってしまう。自分も、昨年の夏、夜遅く京都から帰って来た時、左へ左へスリップして行く車を、どうしてもうまく処置することができず、とうとう左側の田圃へ落してしまった。夜明けまで、仕方がないから、そのまま車中で眠った。実に不思議な所で、たしかに狐か何かが憑いている場所である、という。ところが、今度乗った運転手に、その話をすると、その男いわく、「ああ、あれですか、あれは、近所の悪い連中が、雨が降ると道路に油を撒いていたのです。そして、自動車を落しておいて、引き上げの手伝いをして、金を儲けていたのです。お天気の日に撒くと分かるので、雨の降った時だけ、そっと撒いていたのです。それだけならよかったのですが、おしまいに『自動車引上げ所』という看板を出して大々的にやり出したので、とうとう警察に知られて、検挙されたのです。この連中が検挙されてから、自動車はほとんど落ちなくなりました」と。
都踊りを久しぶりに見たが、名にし負う京美人の姿色が、年々衰頽して行くを嘆ずるばかりであった。昔、芸者になった美しい子女たちは、今はデパートや喫茶店や会社、銀行などで、真面自な職業に就いているのであろう。芸者の本場であるような京都でさえ、その傾向を免れることができないのだろう。
(十二年五月)
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