多年の国威回復の運動に邁進して来た支那が、一朝大勢の観測を誤りて、必敗の戦端を開いて、多年の努力を水泡に帰せしめたことは、あわれである。欧州大戦の時も、カイザーがよく隠忍して、戦端を避けたならば、当時隆々たりしドイツ国勢は、十年にして、平和のうちに英国を圧倒しただろうといわれている。敵を知らず、己を知らざるものの失敗である。これは、しかし日本にとっても、他山の石である。日本の政治家も世界の情勢を大観し、常に外国の実力と自国の実力とをよく比較検討して、国運の開拓に万遺漏なきを期してもらいたいものだ。
いわゆる支那通の中には、自分の支那通を振り回したいために、今度の事変について、穿ったような皮相な観測を下す人がある。これもまた、一種の小児病である。こういう時は、政府の国民精神総動員に応じて、一意邁進する方がよいのだと思う。
宇垣大将が内閣参議会に起用されることは、よいことである。あれほど国民に信望のあった人を、あのままにしておくことは、当人には気の毒であるし、国家のためにも不利である。なお、経済方面から、小林一三氏のような頭のいい経綸の才ある人を思い切って起用したら、どうだろうか。北支に対する経済的開発には、小林さんのような頭脳が、いちばん必要なのではないだろうか。
政府は、国民精神総動員の一助として「愛国行進曲」の懸賞募集をやるそうだが、それも結構だが、それと同時に信綱、白秋、八十、晩翠、小説家の中では、藤村、春夫などに、辞を厚うして作歌を頼んだ方が、いいと思う。百代に残すつもりなら、当代詩歌壇の権威にも頼んだ方がいいのである。国民の数は多いから、百メートルを吉岡より早く走る人が、一人くらいはいないかしらと探してみても、結局はいないのではないだろうか。
そして、こういう大家連の作ったものを、銘々作曲して、候補歌として国民に歌わせてみて、一年くらい静観して国民が最も好んで歌うものを、「愛国行進曲」と指定すべきである。歌だけは、いくら強制的に歌わせようとしても、無理である。いくらかでも、自然発生的に国民の間に流布するのを待って「愛国行進曲」と指定すべきだと思う。
懸賞だけである程度の作品が指定されれば、国民も迷惑だし、内閣で指定した歌が、いっこう歌われなかったりしたら、内閣の面目に関するだろうし、といって無理に歌わされたりしたら、国民もずいぶん迷惑だと思う。
もっとも一般に募集した作品も、こうした候補歌の一つとして採択するというのなら、自分も大賛成である。とにかく、人為的に急の間に合わせないで、できるだけ自然発生的に決めてもらいたいと思うのである。
今年は、中央公論の名編集長であり、同誌の基礎を築いた滝田樗蔭氏の十三回忌で、十月二十七日に追悼会が催される。滝田氏は、我々の新進作家時代に重要な人でもあったし、その上、容貌、行動も激しく大きい人だったので、今でもその面影がまざまざと思い出される。遺児は三人とも娘さんであるが、三女の滝田菊江嬢はビクターの歌手として著聞している。
(十二年十一月)
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