話の屑籠・昭和十三年

事変勃発当時、我々は生活やその他の点において、いろいろ不自由を忍ぶ覚悟をしていたが、事変開始後すでに半年になるが、事変から来る影響など、ほとんど感じられない。それだけわが国の国力が充実しているのだと思い、はなはだ心強く思っている。ただ、その中において感ぜられるのは、言論文章に対する取締まりの強化だけである。それとても、本誌や僕個人にとっては、従来の方針や考え方を急に変更する必要など、少しもないのだから、何も痛痒を感じないわけであるが、しかしそれでも、何となくいい気持はしない。害鳥を撃っている鉄砲の音だとは知っていても、ポンポン音がすると野の諸鳥は平静を破られて、思う存分な歌を歌えなくなるわけだ。それに、いちばん困るのは、我々が自発的に書いている文章までが、あれも取締まりの強化のための、おざなりの忠義振りだろう、おざなりの御用文学だと思われることだ。そうすれば、文章の権威などは、地を払って無くなるだろう。


腹の底に、極端な左傾思想を懐いている人間は知らず、普通の文筆家は、世間人以上に戦争に関心を持ち、子供のように皇軍の大勝を欣んでいるものだ。戦場見物に行く者が多いのも、職業柄といってしまえばそれまでだが、やはり戦争に関心を持つ者が多いからだと思っている。国を憂い民族を愛する点においても、何人に劣るとも思われないのだ。取締まりとか弾圧などがなくても、自発的に動員されていると思うのだ。

また転向した連中などに対して、こういう機会に転向の実を示させる機会を与えることも、望ましいことではないかと思う。昔の古傷に目を光らせるよりも、その方が国家としての大を示すゆえんではないかと思う。


それにしても、左翼文学勃興の頃を思うとまるで夢のようだ。僕なども、「芸術に階級なし」などといって、彼らと抗争した。彼らの主張は、イデオロギーがなければ、文学でないというのであった。だが、星移り物換り、彼らはイデオロギーを捨てたが、文学者としては残ろうとしている。昔抗争した僕などは、大いにいい分があるのだが、「都」の「大波小波欄」の彼らの転向をいたわってやれという説に従って、だまっているのである。


これも「都」の大波小波欄の説であるが、「文藝春秋」は、今時代の波に乗って黄金時代であるという。お察しの通り、営業成績からいえば、その通りである。これは、創刊以来、左翼的色彩を拒否しつづけた賜物であろう。といって我々は、これからも右傾しようなどとは思わない。時代の進展に伴うて、中正な道を辿って行こうと思うばかりである。

(十三年二月)


目次 《前 後》