話の屑籠・昭和十三年

別項に予告があると思うが、四月号から、本誌に外国語の、大きくいえば海外版といいたい付録を付けることとした。もっとも名前は立派だが、新聞紙四ページくらいの付録である。地図くらいの付録である。国家の非常時に当って、雑誌社は雑誌社なり、国家の目的に協同した方がいいと思って始めるわけである。つまり、国際宣伝戦に微力を尽すつもりである。日本に対するデマを排斥すると共に、日本の文化を海外に紹介したいのである。


我が国にある海外宣伝のパンフレットなどを見ると、はなはだ心細いのである。本誌の部数だけ刷っているものは、皆無といってよいではないだろうか。少なくとも、本誌の付録は、世界各国日本人のいる所に普及すると同時に、それが外国人の目に触れる機会も多いと思うし、それと同時に、本誌はこの付録文を増刷して、アドレスの分かる限り、世界の新聞雑誌社および著名な政治家文筆家に、発送したいと思っている。片々たるものではあるが、毎月日本から送られれば、彼らの注意を惹くに十分だと思っている。読者諸君も、本誌の付録の意味をよく了解されて、何らかの方法により、できるだけ外人の手元へ送っていただきたいと思う。

また、たとえそういう方面に役に立たずとも、本誌の読者の五割までは、外国語の分かる人ではないかと思うので、外国語で日本のことを読まれることは、それ自身一つの興味であるし、ともすれば、忘れがちな語学の復習にもなると思う。また、読者自身読まれずとも、読者の身辺に中学以上の上級生でもいれば、好個の参考読物ではないかと思う。そんな意味で、決して無用な付録ではないと思うが、しかし万一無用の場合を考えて、この付録のために定価を上げることは、できるだけ避けるつもりである。何の用をも、見出されないことがあっても、本誌の微衷を諒とし、一つの装飾品として、考えていただきたい。


自分は、この付録に相当意義があることを信じているが、万一失敗であったら、三月か半年かで、中止するつもりである。その節はあしからず。


日本精神鼓吹のために、日本歴史を大学などでも教え、高等試験の科目にも入れるということであるが、はなはだ結構なことである。現代の青年の「歴史知らず」を常々慨嘆している僕などは、賛成である。先日も、わが社で入社試験をしたが、「維新の勤王志士の名を挙げよ。ただし薩長土三藩に属する人は挙ぐるに及ばず」という題を出したら、十二点満点で、最高が三点か四点であった。しかも、それは三百名中数名に過ぎなかった。自分は、日本精神の精華は、維新の勤王史にあると思っている。ことに、薩長土三藩以外の志士は、非命に倒れた人が多いだけに、彼らの純忠は特に国民によって記憶されなければならぬと思う。


自分は、先日ラジオで武士道について講演をしたが、日本のいわゆる武士道は、結構であるが、しかしそれは朝廷を忘れた中義武士道で、維新の志士こそ大義武士道であるといった。南朝の忠臣たちも大義武士道だ。日本精神作興のために日本歴史を教えるのなら、上古史、南北朝史、維新史だけを中心にすべきではないだろうか。ことに維新の志士の伝記などは、もっと顕彰されてもいいのだ、ことに不遇に死んだ真木和泉とか平野国臣とか頼三樹三郎などは、もっと人に知られてもいいのではないだろうか。ことに、頼三樹三郎が刑死の際に詠んだ、

 まかる身は君が世思ふ真心の深からざりししるしなるべし

などの歌は、もっと世人に知られていてもいいのではないだろうか。近頃の時勢につれて、日本精神を云々する人たちにも、試験問題でも出して、どの程度に、維新史を知っているかを試してみたいと思う。


芥川賞は、別項の通り、火野葦平君の「糞尿譚」に決定した。無名の新進作家に贈り得たことは、芥川賞創設の主旨にも適し、我々としても欣快であった。作品も、題は汚らしいが、手法雄健でしかも割合に味が細く、一脈の哀感を蔵し、整然たる描写といい、立派なものである。しかも、作者が出征中であるなどは、興行価値百パーセントで、近来やや精彩を欠いていた芥川賞の単調を救い得て十分であった。この作品を、委員会に推薦してくれたやはり芥川賞の鶴田知也君に改めて感謝する。自分は、真の戦争文学ないし戦場文学は、実戦の士でなければ書けないという持論であるが、火野君のごとき精力絶倫の新進作家が中支の戦場を馳駆していることは、会心のことで、我々は火野君から、的確に新しい戦争文学を期待してもいいのではないかと思う。

直木賞も、井伏君を得て、新生命を開き得たと思う。井伏君を大衆文学だと認めたのではなく、井伏君の文学に、我々は好ましき大衆性を見出したのである。


文学賞の決定は、あくまで公平無私でなければならない。一度でも公明を欠くと、たちまちその賞金の権威が無くなってしまうのである。人間のやることだから、価値判定の過ちはあってもよいが、情実だけは絶対に排斥しなければならない。芥川賞、直木賞の委員は、怠惰で往々ずぼらをきめるが、情実や縁故で動く人が一人もいないことは、はなはだ欣ばしいことである。


本社の営業はいよいよ好調なので、先月号で書いたごとく、傷病将士の慰問をやるほか、芥川賞、直木賞以外に、新しい文芸賞金を制定したいと思っている。これは当分「文藝春秋賞」として、僕が死んでから「菊池寛賞」とするつもりであるが、年額一千円とし、どういう人にやるか、それはまだはっきりとは決っていない。僕の考えでは、五十歳以上の老作家で、その年度に最も活躍した人に贈呈したいと思っている。

(十三年三月)


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