この頃の文壇は、量的にはかなり盛んなように見えるが、質的には不振を極めているようだ。才能のある新進作家がほとんど見当らないようだ。新しい人生観や考え方や感覚だけが文壇を進歩させるものであって、力作型の作家などいうものは、その当人の手柄になっても、文壇的には何の足しにもならないものだ。こういう時世で、新しい考え方などが許されないまでも、せめて新しい才能だけでも現れて欲しいものだと思う。
二百枚とか三百枚の力作なども、根気さえあれば、たいていの人に書けるものだ。ことに、この頃現れる伝記体の小説なんか、あれは小説として邪道だと思う。渾然とした小短篇がほしいと思う。
芥川賞の授賞式が、杭州の陣中で行われたことは、芥川賞の歴史を飾る出来事だった。今度の授賞はいろいろな意味で、成功であった。火野君は、「東京朝日」のニュースによれば、軍報道部に編入されたというが、まことに適材適所である。
芥川賞、直木賞、菊池賞を授賞する団体を財団法人にする計画は、着々進行中で、既にその筋に申請中である。第一回の資金として本社から三万円を寄付し、資金が充実するまで毎年五千円を寄付することにした。文藝春秋社から引き離して法人組織にしておけば、雑誌社の盛衰にかかわらず永久に授賞が行えるわけである。僕の名前を賞金に冠するのは、おかしいという人があるかも知れないが、デヴィス・カップや、ノーベル賞金のことを考えれば、少しもおかしくない。有志の方は十万円もこの法人に寄付して下されば、その方の名前を冠した文学賞金をいつでも設定する。
久原房之助さんがまた無罪になった。検挙当時の様子では、どんな大罪を犯しているのかと思わせたが、まことにあっけないものだった。しかし、あの程度の名士は、二、三年くらい嫌疑を受けて苦しんでも、いったん無罪となればまた更生の余地もあるが、普通人がああした目にあえば、失業はするし、生活の基礎は崩れて、人生のどん底に墜落する外はないと思う。罪なくしても、相当ひどい目にあうかも知れぬという心配は、国民一般にとっても、大きな不安である。
川端康成君の全集が、改造社から出版されることになった。川端君の小説は、最も芸術的な小説で、その表現は散文詩に近いものがある。現代において、ロマンチシズムといったものが、小説に残っているとしたら、おそらくは、川端君の作品くらいではないかと思われる。最も純粋な意味での小説である。川端君の全集は、どこの書斎に飾っても恥かしくないものだとも思う。
二千六百年記念の万博には、文芸館というものが設置される。その中に、文学という項目がある。これは、博覧会としては一進歩である。早大の吉江教授と僕とが、その文学の部の出品の委員を頼まれている。日本の文学を、いかにして一室に展観すべきか、これはなかなかの難題だが、しかしやりばえのある仕事だと思っている。
文芸会館の計画は、時局のため新設不可能になったので、計画を変更して、既存の建物を購入するほかなくなった。計画を変更したにも拘わらず、講談社社長の野間さんと、主婦之友の石川さんとは、申込みの金額を逸早く寄付して下さった。二千六百年までには、曲りなりにも、文芸会館と名のつくものを持ちたいと思っている。
(十三年六月)
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