話の屑籠・昭和十三年

いよいよ紙の統制が始まるらしい。あらゆる物が統制されている現在で、紙だけがそれを免れるのを望むのは、虫のいい話であるが、しかし紙の統制によって、雑誌の発展が望めなくなることは、我我経営者にとっては大きい苦痛である。雑誌などは、常に発展向上を企図することによって、現状維持ないしは多少の発展が望まれるのである。現状維持だけを目標としていれば、現状維持などは容易に望めないのである。しかし、統制によって失業している人たちに比べれば、我々の苦痛はいうに足りないであろう。我々は、与えられた条件の下に、最善を期する外はないと思う。


今度の芥川賞、直木賞は、別項発表の通りである。中山義秀君の「厚物咲」は、特異な性格を創造したところが、作者の功績であると思った。橘外男君は、「ナリン殿下への回想」が発表された時、今度の直木賞は、この人にやるべきだと自分は思っていたが、先月号の本誌に出た作品が、あまりだらだらしているので、嫌になっていたが、しかしあのだらだらした鏡舌をも、欣んで読んでいる人が多いので、やはり橘君にやっていいと思い返したのである。


今度から、国際文化の宣伝には、もっぱら「現代日本」を紹介するそうである。アメリカの学生が、古典的なものはたくさんだといったからだそうだ。「鏡獅子」などを担ぎ出そうとしていた愚かしさが、初めてわかったらしい。

本誌の海外版に対する反響は、その後、アメリカ、南米、ドイツなどの各大学などから来ている。相当効果があるらしいので、なお当分のうち続けるつもりである。

(十三年九月)


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