話の屑籠・昭和十四年

昭和十四年

現代の日本は、国際的にも国内的にも明治維新の時などよりも、もっと重大な時勢の波に乗っていると思う。あらゆる人々が、この時勢に流されている感じである。ただ、その時勢に流されている人物の器量が、維新時代の人物に比して、小さいことは、何といっても否定することができない。国家のために、この時勢の波に洗われて、もう少し偉大なる人物の輩出することを希望してやまない。


文学者が、時勢に応じて、いろいろ努力していることはやむを得ないと思う。こういう活動からいい文学が生まれるがどうかは別問題であるが、こうした時代に処しては、仕方がないことだと思う。時代を無視して、専心に小説を書いていても、結局いいものなどは、できないのだ。


久しぶりに、「新潮」の新年号の短篇集を通読してみたが、今の新進作家が題材を持っていないのに驚いた。ちょっとした手腕だけは持っているが、書くことはあまりないらしい。


この頃、何かにつけて、次官級以下の役人と会ってみると、一高時代の顔見知りが多い。我々と同時代の連中が、政府の中堅部にいるわけだ。ところが、明治四十年頃の一高の思想が、現在の日本の思想とよく似ている。寮歌などを読んでみると、すぐ「東亜の天地」である。すぐ「アジアの東」である。常に、東亜に対する経綸を歌っているのだ。一高時代にそうした思想を培われているだけ、一高出身の連中は、国策の遂行に、いっそう張切っているのではないかと思う。


政友会の総裁の決りそうで決らないのと、東大の総長の後任のごたごたしているのとは、現代の時勢の微妙な現れであろうが、世人一般にとっても、明朗な感じは与えない。


東大の総長といえば、前総長の長与博士が、僕の「蘭学事始」の英訳のコピーを送って下さった。十数年前、米国の科学雑誌に、日本における科学の最初を紹介する意味で、翻訳掲載されたものだが、送って来た雑誌が、震災のため焼失してしまったので、多年気にかけておられたが、今度米国の知人に頼んで、コピーを作られたとのことである。

(十四年一月)


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