話の屑籠・昭和十四年

ある所から、金を売りに来てくれとの勧誘を受けたが、自分は金は少しも持っていなかった。ただ、二十余年愛用の眼鏡があるだけである。それ以外には、人からの贈り物のカフスボタンが一つあるだけだった。家族のものにも、金はほとんどない。ただ、金細工ののしかも金は少なく加工が主である髪飾り品が、一、二点あるだけだった。


金ばかりでなく、僕は、今までに、家財道具は必要なものだけで、品物というものは買ったことがない。

骨董品などはもちろん、ちょっとした調度なども、買ったことがない。目に見える物を買うのが、嫌いな性分である。

絵画彫刻も、貰ったものか、無理に押しつけられたものばかりである。

ただ、眼鏡は、ときどき旅行中などで、こわすと、代りの眼鏡を買うのでロイド眼鏡は数個ある。

そのほかで、僕にとって大切なのは、万年筆である。それも、多年愛用のオノトである。これは、作家の表道具だから、数本持っているが、舶来品が来なくなった今では、その一本も、僕にとっては貴重だ。オノト以外では、何だか気になって、原稿が書けないのである。何事も気にしない僕だが、万年筆と原稿紙だけは、多年使い慣れたものでないと、どうしても気になるのである。

原稿紙は、最初神田の文房堂のものを使っていたが、十数年来は、本郷、大学前の松屋のを使っている。

(十四年八月)


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