話の屑籠・昭和十四年

報知新聞に出ていたが、本庄繁大将の談話に「自分のように、傷病兵保護に専心している者の所へも、送られて来る雑誌印刷物の多いのには驚く」というようなことを話しておられた。こうした感じは、知名人には誰も同じだろうと思う。僕なども、送られてくる印刷物が、たちまちにして机辺山を成す有様だ。市会議員である関係で、市政関係の統計書、計画書などだけでも、始末に困るぐらいだ。日本人ぐらい、出版印刷の好きな国民は、ないのではあるまいか。どんなちょっとした団体でも、みな機関雑誌を持っている。雑誌印刷物の種類の多いことは、世界に冠絶しているのであろう。が、この頃のように、用紙の統制ということになると、こういう出版物の自粛統制ということも、相当考えてもいいのではないかと思う。もっとも、こんなことをいうと、自分のお蔵に火をつけるような話になるが、いかに部数が少なくても、誰もあまり読まないような出版物から統制していくことが、必要なのではあるまいかと思う。政府当局も、部数の多い営業雑誌の用紙を統制するばかりでなく、こういう方面にも、手をつけてもらいたいと思う。


中央公論、改造、日本評論、および文藝春秋の四社連合で、対英問題講演会を開いた。僕は外交や政治問題で講演できるような準備がないので、挨拶だけした。そして、こういう機会に、日本における英語教育の過重を、訂正すべきことをいった。これは、僕の持論である。日本において、中等教育においてまで、あんなに英語を重視するのか−−明治四十年以前の西洋文明吸収時代の教育を、今もなお続けねばならないのか、自分にはとうてい理解することができない。


僕が、大毎東日に書いていた「西住戦車長伝」は、先日書き終えた。二十五歳で戦死した若き青年士官の伝記など、容易に書けるものではなかった。しかも、新聞のつづき物として、毎日ある程度の興味をつないで行くということは、相当苦しかった。支那へ戦跡を視祭に行く間も、どういう風に書いていいかということだけを考えていた。その結果、作為も成心もなしに、淡々と書き流すことに決めた。たいした悪評も聞かずに、完結したことは、僕としてうれしかった。また、当の西住大尉を始め、その周囲の人たちに接触することによって、醇(じゅん)なる軍人というものが、どういうものであるかを知ったのは、大変うれしいことだった。


僕は、小説の中で、よく実在の商店の名前などを書く、実在の名前を書く方が、自然だからである。こういう商店は、名前が出ると、大変よろこぶ。が、そういう商店から、いったん頼まれたとなると、もう気になって、絶対に書けなくなる。著書の推薦なども同じである。作者から、ぜひ一言何かいってくれといって頼まれると、その作者と懇意である場合でも、容易に書けなくなってしまうのである。


芥川賞は、別項に発表した通り決ったが、僕は「鶏騒動」(半田義之)に、いちばん感心した。筆致が少し晦渋(かいじゅう)で、最初は、とっつきにくいが、読んで行くに従って、だんだん面白くなり、最後の「ドナさんや」というところなどは、読んでいて嬉しくなった。小説の構成に、相当の手腕があり、もう少し洗練されたら、相当な作家になれる人だと思った。


「あさくさの子供」(長谷健)も、文章に滋味があり、描写も達者であるが、小説の構成がぼやけているし、こうした少年物以外の作品が書けるかどうかという疑問も感じられた。二篇の当選作以外「稲熱病」は、その堅実な手法に捨てがたいものがあったが、もう少し事件がほしかった。「姫鱒」の作家も、新鮮な手法や感覚を持っている好もしい人だと思った。


直木賞の候補作品も一通り目を通したが、皆もの足りないものばかりだった。ただ、大衆文学が、純文学の手法をますます取り入れているという傾向を感じたが、大衆文学の新人は、このところ、容易に出そうにないということを感じた。


近松秋江氏の作品集が、中央公論社から出版された。これは、大変いいことだ。近松氏は何といっても、身をもって小説を書いた人だ。ただ、この人は、正直すぎて、芸術的にも人間的にも、何のポーズも作り得ないだけに、安っぽく感ぜられて、損をしている人だが、それだけにその正直さは買われてもいい人だと思う。


田中貢太郎氏の「旋風時代」が、今度新しく出版された。明治の四、五年時代は、たしかに面白い時代だ。この時代の人間(実在の人間もある)や、風物を自由に描いてあるだけに、この小説は面白い小説だと思う。それに、田中氏は、その風格に似合わず、独特のエロがあって、微笑されるものがある。とにかく、この作品は、大衆文学として未開拓の時代を舞台として、縦横の手腕を駆使してあるだけに、もっと広く読まれてもいいものだと思う。明治維新は、大衆文学の時代であったが、大衆文学が成長すると共に、その時代も、維新から、明治四、五年、十年、自由民権時代へと、成長すべきだと思う。

(十四年九月)


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