欧州大戦における情勢の推移は、誰人にも深い関心の種であろう。この前のように、ばか正直な戦闘をせず、最少の流血によって目的を達せんとしているドイツのやり方は、ヒットラーの頭のよさを示している。ああいうやり方をやるのには、独裁者というものは便利なものだと思わせる。英仏の立場は、いかにしても不利なように見える。ヒットラーの演説によって、英仏の為政者はともかくも、国民はかなり動揺させられているのではないかと思う。が、欧州大戦の結果いかんによらず、ソ連が強大を致すべきは、もはや既定の事実であり、日本にとっては将来の問題であろう。日本はソ連に対して、十分の覚悟をすべきだと思う。
先日、僕の所へ近所の戦死者の兄さんという人が来た。この人の話に、弟は区民葬の場合は、戦死となっていたので、戦病死者には東京市から多摩墓地で、墓地を無代でくれるので、願い出た。ところが、弟は戦地で、馬が暴れたので取り鎮める際、誤って谷間に墜落して死んだので、戦病死者のいずれでもないので、墓地をくれないから、市会議員の私に何とか話してくれというのであった。市会議員として、ものを頼まれたのは、これが初めてなので、私はできるだけのことをした。この弟さんのような人は、気の毒な人だと思った。が、十月「中央公論」の記事を読んでいると、ある特務兵が、トラックに便乗していると、そのトラックに乗っていた歩兵が、二人の敵兵を捕虜にした。ところが、その捕膚の一人が、抵抗したので、拳銃で殴ったところその拳銃が発射し、当りどころもあろうに便乗していたその特務兵の膝関節に命中し、そのためにその特務兵は、その脚を切断したという記事があった。その人などは自己に何の過失もないのだから、いっそう気の毒だと思った。
「一日戦死」というスローガンは、いろいろ理屈がいえる言葉である。そのためにかえってヒットした。先日、毛織物の献納のスローガンに「兵隊さんに暖かい服を」というのがあった。その運動だけで、兵隊さんの服の給与を引き受けているような感じがして、少し僭越(せんえつ)だという気がした。同じことながら、「兵隊さんの暖かい服に」とすれば、ぴったりすると思った。
大毎東日の「ニッポン」の世界一周飛行は、その決行の時機が阿部内閣の成立、欧州大戦の勃発と内外の二大事件にぶつかったため、世間の視聴を惹くことの難い、およそ新聞社の催しものとしては、最悪の時機にぶつかったが、それにもかかわらず、その成績は百パーセントで、内外に対して、日本航空の発達を誇示して遺憾がない。悠々として、その全コースを翔破せんとする姿は、日本空軍の威力を傍証するもので、頼もしい限りである。
従来、一新聞社の催しものは、それがどんなに日本的、世界的なものであっても、他社は黙殺することになっている。今度の「ニッポン」の一周旅行などについても、他新聞社は、ほんの申し訳の記事しか載っていない。
ああいうことは、新聞社で協定して、その仕事が日本的、世界的である以上、お互いに一つのニュースとして、書き合うことにしたら、どうだろうか。その方が読者にも便利であり、新聞社も、その職責を尽くすゆえんであると思う。
最近、何々文学ということが、ときどき提唱されるが、何々文学運動からは、決して何々文学は生れてこない。よき文学というものは、自然発生的なものである。
(十四年十一月)
| 目次 | 《前 後》 |