議会の権威が失墜したといわれているのに、有志代議士の決議で、時の内閣に致命傷を与えたということは、我々には不思議な気がした。しかし、代議士が、議会を通して事を計らず、ああいう有志団体のやるようなことをやるのは、なお憲政政治の運用からいって正しいことなのだろうか。戦時中だから、議会での不信任決議を避けたなどいう口実は、首肯できなかった。非公式の不信任決議で内閣が更迭(こうてつ)したというような事実は、同じように日本の弱味を敵国および第三国に知らせることではないのか。
我々は阿部内閣びいきでも何でもないが、戦時中に内閣が幾度も更迭するのは、国民としてやり切れない。事変中でも大和協力して、一つの内閣で押し通すことは、支那や諸外国に対して、日本の威光を示すことにならないのだろうか。蒋介石一人に対して、幾人もかかっているようで、みっともない。政治に関与している連中が、滅私奉公の真を発揮して各方面から協力支持したら、どんな内閣でも、強力になるのではないか。日清戦争中の伊藤内閣、日露戦争中の桂内閣が少しでも動揺しただろうか。国民大衆の上に立つ政府当局が、こんなに幾度も変っていて、国民に対する威信や、指導が行われるだろうか。
僕の知人で、天津に長くいる人の話だが、あの洪水の最中、白河を通う汽船の上で、一人の支那婦人に会った。それは、近所に雑貨店を開いている未亡人で、四人の子供を連れていた。洪水のため、天津では生計が立たぬので、鉄嶺へ行く途中だということであった。見れば、ほとんど無一物の極貧である。僕の知人は同情していろいろ慰めたところ、その支那婦人は大陽を指し「あれとこの身体があれば、どうにかなりますよ」と、答えたとのことである。こういう国民を相手として長期戦争にはいったのであるから、我々日本人も、相当の覚悟をしなければならない。「太陽と身体」以外にも、ありあまるほど、いろいろ物を持っている我々が、わずかの物資の欠乏などで、ぐずぐずいったりしたら、罰が当ると思った。
現代の学生が、日本歴史を知らないことは、先月号に書いたが、この間も、今年三月ある私立大学の英文科を卒業する学生に「水戸学とは、何か」ときいたら、全然答えられなかった。自分は、その大学の当局者に、問責の手紙を出したいくらいに思った。現代の学生の多くは、中学時代に暗記物として、歴史をいやいややる以外、興味も関心も持たないらしい。
東京朝日が、朝日文化賞をニッポン号の乗員に贈ったことは、近来の快挙である。僕は、かねてから、一新聞の企てでも、それが日本的、世界的である以上は、他新聞も協力してその記事を載せるべきだと主張している手前、今度の朝日の授賞には、心から拍手を送りたい。これは、新聞社が、お互いに大を成すゆえんだ。
僕は、昨年の元旦は、来訪者が希望すれば、色紙を書いた。「不富不貧一家春」という文句で、諏訪三郎君の年賀状にあった文句を、そのまま借用して書いたのである。今年は、何かいい文句がないかと思って、年賀状を見たが、ちっともなかったので、一枚も色紙を書かなかった。後で「胸中無三万巻書。眼中無天下奇山川」という読書修養のいい文句を見つけたが、もう遅かった。
(十五年二月)
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