話の屑籠・昭和七年

自分は、人にはどう思われているか知らないが、自分の書くものに対して、あまり自信のない方である。新聞小説などは、書いているうちに自分でいやになって、早く切り上げてしまうのである。昨年朝日に書いた「勝敗」なども、自分としては自信はなかったが、割合、好評であったことは、むしろ意外であった。徳田秋声氏などまでも褒めてくれたのは、何だかくすぐったい気がしたくらいだ。ただいつも、新聞小説を書いていると、反響のハガキの中に、二、三通は悪口が交じってくるのだが、今度だけは書いている間、悪口のハガキが一通も来なかったのは、多少とも出来がよかったためだろう。


元旦の「東京日日」に自分の談話筆記が載っている。他の点は、よく書いてくれてあるが、ただ一カ所たいへんな間違いがあった。それは、島崎さんの「夜明け前」と直木の「南国太平記」とを比べて「夜明け前」は奇術で「南国太平記」は描写だとかいてあることである。頭のいい読者には、奇術が、記述の間違いであることが、すぐ分かってくれるだろうと思う。情景人物を活写している点において「南国太平記」の方が勝っている点をいいたかったのである。情景ことに人物を活写(ビジュアライズ)し得る点において、直木は全文壇を通じて、屈指の人であると信じている。


情景人物を活写し得る作家というのは極めて少ない。泉鏡花、里見、直木三十五と挙げて、他は指を何人に屈していいか分からないくらいである。こうした手腕は、作家として第一義ではないにしても、最も尊むべき才能であるに違いない。


直木が「読売」にファシズム宣言というのをかいて、彼がスターリンになぜ左傾しないかときかれたとき、自分が左傾すると左翼の作家が失業するからと答えている。しかし、既成作家の細田民樹、中条百合子、片岡鉄兵をはじめ、超既成作家の江口渙などまでが、転換するとたちまち左翼で幅を利かすところを見ると、直木にそんなヨタを飛ばされても仕方がないところがある。旧貴族が、ソヴィエトで冷遇されるように、転換した既成作家など、左翼では、洟もひっかけられないというような状勢にならなければ、プロレタリア文学などだめである。古手の既成作家などをかつぎ上げて、陣容を整えるなど、プロレタリア文学の無為無力を暴露している。


小説などいうものは、無条件で自由自在に書いていても、たちまち行き詰まるものである。それを、イデオロギーといったようなもので、手足をしばって書いておるものだから、行き詰まるのは当然である。文学などは、元来が自由主義の産物であって、それを離れて存在するはずはないのである。あらゆる場合にイデオロギーをふりまわすといったような、ばかな内規をよして、機会があればイデオロギーをふりまわすということに改正しないと、プロレタリア文学は、だんだんだめになるだろう。一体、小説というものは、持薬によんだり、義理でよんだりするものではないのである。労働争議の小説などよんで、面白がるプロレタリアなど、一人もいないと思う。ブロレタリア文学も、花鳥風月を書いてもよく、それを書くときは、イデオロギーを書かなくてもよいという規則にしないと、どうにもこうにもできなくなるだろう。左翼でも、徳永直などは、こういう理屈がいくらか分かっているらしい。


「文藝春秋」は、左傾でも右傾でもない、もっと自由な知識階級的な立場をいつまでもつづけていくつもりである。ファッショの先頭を務めるなどいうゴシップはウソである。

(七年二月)


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