話の屑籠・昭和七年

井上前蔵相の死は、最も悲しむべきことである。現代の政治家で、人格識見の洗練されている浜口、井上などという人たちが、相次いで凶手に倒れるなど、常識では考えられないのである。あまりに度を過した反対党の悪スローガンや、無責任な誹謗広告などから、こういう凶事が少しでも胚胎しているとしたならば、反対党たるもの三省して可なりである。


新興力士団は、実に立派に成功した。他の労働争議などいうものも、ああいう風にやれたらどんなにいいかと思う。賃金に不平のある職工たちが、脱退してすぐ、自分たちで、どんどん生産して行けるようだったらいいと思う。相撲のように裸一貫でゆかないところに、資本主義の弊害があるのだと思う。それはともかく、比較的鈍感のように思われた力士階級でさえ、団結の力でああいう風に成功したことは、いろいろな方面によき影響があると思う。


鳩山文相の座談会は、別項の通りだが、やはり若いだけに、ものが一番よく分かるようだ。やはり大臣級の政治家の中では、一番新しい人だと思った。昨年来座談会をした政治家たちには、社会主義といったようなことは、分かっていないようだが、鳩山さんだけは分かっているような気がした。鶴見祐輔氏から余計な学問を去り、人間をもっと重厚に実際的にした人であるような気がした。


僕の小学校教科書に対する非難なども、すぐ理解してくれたようだ。あの接木の話についての非難は、誰からも抗議が来ないところを見ると、みんな同感らしいが、あんな重大な欠陥を今まで幾万の小学校の先生が、なぜ気がつかないのだろうか、不思議に思われてならない。気がついていても、文部省に対して非難するような自由がないのだろうか。

(七年三月)


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