話の屑籠・昭和七年

先頃、円タクに乗って、二重橋前を走っていた。雨風の夜である。と、助手が帽子を取ると、左を向いてお辞儀をした。気がつくとそれは宮城に向っての敬礼である。こんな忙しい職業をしていながら、奇特なことだと思った。それから、しばらくして靖国神社の中途の道を通っていたら、暗闇の中を歩いている中学生が、立ち止まると、拝殿の方へ向って敬礼していた。

神仏に対する信仰なども、神や仏を信ずれば、神や仏がその人を護らないとしても、神や仏を信ずることから、その人の中に人格的な力が生じるのであろうと思う。そういう意味において、何ものかに敬虔な気持ちを持つとか神仏を信仰するなどいうことは、いいことだと思う。


私立医学専門学校の不正入学問題などは、日本教育界の腐敗を如実に示したものとして、先年暴露された政界の醜状と好一対をなすものである。どうせ、現代の教育は、ブルジョアの専有で、金次第であることが分かっているのであるが、あんなにまで露骨になると、いやになってしまう。金が入用ならば、月謝を月三十月にでも五十円にでもした方が、まだ正当であると思う。もっとも、そういう高額な月謝は文部省で許さないかも知れないが。

しかし、そんなに金を使って学校をやっと出て、しかも職業がないというのだから、悲惨である。今年などの、各学校の卒業生の就職状態など、惨憺たるものであるらしい。某大学の文科の卒業生など、一人も就職していないらしい。もう、五年も六年もかかる学校へはいる時代ではないと思う。六年あれば、一年千円かかっても六千円だ。学校へなど入らず、その学資を資本として、何かやった方が、よっぽどいいと思う。


早稲田の野球部のリーグ脱退は、気持ちのいいことである。観覧料を各大学で配分し、それを合宿の費用などに使っていることは、何といってもおかしい。自分の学校の選手が試合をするのに、その学校の学生が、金を出さなければ試合を見られないなどいう理由はないと思う。

(七年六月)


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