今にも、何らかの形式で社会的な変革でも来るように、怯えている人が多いが、自分などはそう急に来るものではないと思っている。維新の革命などは、薩長土などという既成勢力を利用したために、ああ簡単に成就したのである。ロシアの革命は、欧州大戦という異常な原因があったからである。欧州大戦がなかったならば、ロシアの帝政は、まだつづいていただろう。
しかし、日本がある社会的変動の前期にはいっていることだけは確かである。経済的不況が、その変動を早めることも確かであると思う。景気がよければ、社会的機構の欠陥なども、つい見過ごされがちであるが、こうした不況がつづくにつれ、大衆がそうした欠陥に対して、急速に呪咀の声を挙げて来るのは、当然であろう。
搾取なき社会の出現について、反対を唱える人は、誰もいないだろうと思う。今では、ただ時期と方法だけが、問題として残っているのだろうと思う。
権藤成卿氏の考え方は、その方法手段においても、あくまでも日本的である。日本の古来の風俗に還ることが、即ちその方法だというのだから、頼もしいと思う。共産主義の対策として、思想をもって、思想と戦えなどといいながら、真に共産主義に対抗し得るような思想は、一つもなかったといってよい。権藤氏の思想などは、それと対抗し得る、日本的な唯一の思想であるかも知れない。
斎藤内閣は、既成政党に対する不信を標榜して成立した以上、一度議会を解散するとよいと思う。もっとも、選挙法を改正してからでないと効果がないかも知れないが。日本の浮沈を決するような重大問題があるとして、それを決議する場合、民衆は今の議員たちの手に委ねることを、不満に思わぬものは一人もないと思う。
武者小路君の「大石良雄」というのを、ちょっとよんだが、どんな仕事をしても、武者小路氏らしい態度でやっているのはよい。他の義士伝と違って、また特別な面白味があると思った。同じく伝記で、田中貢太郎君の「西園寺公望伝」も、現在人の伝記としては、面白かった。現在人の伝記など、たいていつまらないものだが、これだけによませるのは、貢太郎氏の腕であると思う。
専門学校や大学などを出ながら、就職でき得ないで困っている人々が、自分の見聞する限りでもずいぶん多くなった。専門教育の弊がまざまざと見えてきたと思う。安達さんの新党樹立の綱領の一つに、「教育の徹底的実際化」というのがあるが、そういうことは、二、三十年前に叫ばれてよかったと思う。明治二十年頃の教育制度を、ずるずるべったり続けているのであるから、無用の学問をした人間が、だんだん多くなるのである。
先月のピリニャークの座談会であったように、中等学校を出た後、それぞれ職業に就かして、その中で優秀な人間だけに、専門教育を受けさせるということは、大へんいいと思う。日本の大学教育などは、ただ意味もなく、学者(しかも未熟な)をこしらえているのである。
今度、徳川夢声、大辻司郎、古川緑波らが一団となって、喜劇団をこしらえることになった。自分もできるだけ、尽力するつもりでいる。新しい喜劇は、ぜひ必要である。九月頃から、やるつもりでいるから、大方の御後援をねがっておく。
チャップリンの来朝当時の態度も、わがままな芸術家らしくてよかったが、日本のファンや、映画関係者のために、たった一度でいいから、公開の席で挨拶するのが当然であったと思う。斎藤首相や永田市長などに挨拶に行く暇があるのなら、なぜ一度だけ映画ファンに挨拶しないのだろうか。それは映画人としても、人間としても、当然なすべき仕事だったと思う。
(七年八月)
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