ロシアヘ行くについて、何もたいした目的もない。汽草賃や滞在費を向こうでしてくれるというからいい機会だと思うだけである。もう一つは、行くにつけては、ロシアの事情や文学を研究しなければならぬから、勉強になると思う。もう一つは通俗小説ばかり書いている生活から三、四カ月でも遠のくのは、いいことである。
しかし、自分は観察などは下手だし、旅行記なんかごく不得手だから、見聞記なんかはどこへも書かないつもりである。書けば「文藝春秋」だけである。
とにかくロシアヘ行ってきたとしても、えらくもならなければ、よい旅行記も書かないし、左傾もしないだろうし、反動的にもならないだろう。結局僕自身その三、四カ月の間に何か考えてくるだけである。いかなる期待も迷惑である。
僕の持ち馬に関する記事が「東京日日」に出た。競馬記事を平生扱っている新聞なら書いてもいいが、扱っていない「東京日日」などに出ることははなはだ不当である。僕の持ち馬でなければ絶対に出ない記事である。一般の読者には、何のことだか分からず、ただ漠然とした汚名を着ただけである。そして競馬界にも迷惑をかけ、僕を不利に陥れただけである。
いつか、某新聞に「名馬ブラックポニイ死す」という記事が、写真入りで載っていた。ところが、その新聞は日本競馬界の最大盛事である目黒ダービーのことなどは、一行も書かない新聞である。しかもブラックポニイという馬が、日本一の名馬ならともかく、ざらにある馬で、しかもすでに隠退すべき時期を逸していた馬である。ブラックポニイ以上の名馬は、その前後にだって、幾頭も死んでいるのである。日本の新聞の社会面が、競馬に対して何の理解も知識もない以上、競馬のことなどを書けば、競馬通の人間の物笑いになるか、でなければ、僕の場合のごとく、不当な損失を与えるだけである。
僕などは、名前が知られているだけに常に不当な損害を新聞から負わされている。この頃は、普通の人間なら、仮名などで名誉を護られることになっているが、僕など名前が資本である人間は、普通人以上に考慮を払ってくれてもいいのではないかと思っている。
その記事を載せたために、新間が非常に得が行くのならともかく、損でも得でもない場合に、個人を不当に傷つけることは慎んだらいいだろうと思う。
いつか鳩山文相を座談会によんだとき、文部省のやる「帝展」で、我々文芸家に招待券一枚もよこさないのは、どういうわけなのかといったら、文相は首肯されたが、それをちゃんと覚えていて、今度数枚の招待券を送ってくれた。こういうことをちゃんと覚えていて、実行してくれるということは、信義のある政治家というべきだと思う。
(七年十一月)
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