話の屑籠・昭和七年

ゴールズワージーが、ノーベル賞を得た。僕など青年時代に親炙した作家がこうした栄誉に浴したことは、気持がいいが、しかし僕のよんだ彼の作品によってみると、それほど大した作家とは思われない。非常に努力した作家で、その点、山本有三などとよく似ている。だが、天才的な作家とは思われなかった。日本にはゴールズワージー程度の作家なら、四、五人いるように思われる。


日本語という大障壁がある以上、日本文学が海外によって、真に味読されることは、前途実に遼遠であろう。大正昭和を通じて、世界的標準に達している短篇小説などは、日本にいくつもあると思われる。英米などで出版される一九三○年傑作選集などを読んでみると、それがいかに下らないかが分がる。


ロシア行きは中止した。よっぽど行きたくて、ロシア語まで稽古したのであるが、原稿がはかどらないのと、いくらか滞納になっている税金を完納しないと旅券が下りそうにもないので、いやになった。


バラバラ事件の犯人が捕まった。最初は犯人に同情されるような事情が伝わり、後でそれをくつがえすような事情が伝わったが、実際の真実はちょうどその真ん中くらいにあるのではないかと思う。世話をした人間に背かれるくらい不愉快なことはないのだから、そういうこともかなり犯罪の動機であり得ると思う。それはともかく、犯人の妹が警察にひかれてゆく、恥におののいた姿、羽繊を被っている写真をあらゆる新聞で出しているのにはおどろいた。あんな人間の姿を見て、顔をそむけない人は、人間でないといってもよい。ああいう写真を出すことは、現代の新聞紙の悪趣味と残忍性を、露骨に表していると思う。


リットン報告書について、自分などは何もいうことはないが、千五百通のうち満州国賛成は二通しかないというのだけは、ウソすぎたと思う。千五百通皆無だとか、千五百通の中で、五十通しかなかったというのが、まだいくらかでも本当らしいと思う。


日本の現在において、言論の自由がなくなっているのは、いちばん嘆かわしいことだと思う。十年前、二十年前には、まだかんかんがくがくの議論がきかれた。今は、新聞などでも、みんな顧みて他をいってる感じしかない。これは暴力に対する恐怖だと思うが、身を賭しても論陣を進める人が、五、六人はいてもいいと思う。

(七年十二月)


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