改正された小学読本の批評をしたが、それについて文部当局で、何とか返事してもいいと思うが、議会の政府委員と同じように、頬かむり主義的にだまっておられるのは、どういうわけであろうか。あれでは、自分の非難に対して、一言もないということになるが。当事者の反駁によって、自分自身の非難が誤っていることが分かれば、たいへん欣ばしいことだと思っているのだが。なお改正された小学読本については、近く座談会を催して、五月号にでものせるつもりでいる。
出版権に関する法律案が、議会に提出されている。それは、主として二重出版から受くる出版書肆の被害を擁護しようというのである。ある本と同じ一つの内容を他の書肆から出版することを禁じようというのである。主旨に就いては我々も賛成で、ただ年限の問題だけである。しかし出版して二、三年も経ち、その本屋の本が一冊も売れなくなっているのに、なお他から出すことを禁ぜられたりすることははなはだ不都合だと思う。適当なる年限を付して出版権を認めることは、はなはだ合理的である。
しかし、僕なども随分、同じ内容をいろいろな本屋から出しているが、しかしそういうことをさせるのは、常に本屋である。いやだというのを、むりに出させるのである。その意味で、出版権法などいうものは、結局本屋同士の競争をふせぐことになるだろうと思う。作家を束縛するより以上、本屋同士互いに束縛するものだと思っている。
前々項に書いた改正小学読本の批評についていろいろ反響があったが、その中で次のようなものもあった。
私は、田舎の一サラリーマンの多忙な家庭の主婦でございます。私が読書に興味を持ち始めた十五、六の時から、先生の御著書は、ずっと拝見しつづけております。文藝春秋は創刊号当時からの読者でございますし、その他婦人サロン、モダン日本、オール讀物号等も、ちょいちょい拝見しております。(中略)実は私は先日、東朝紙上の文芸欄に掲載になりました先生の小学読本に関する御批評を拝読致しまして、本年学齢に達しました一児を持つ母親として、限りなく喜ばしく感じましたので、一言御礼が申上げたく、失礼を顧みず筆を取りました。今日までも国語読本に対する批難の声はちょいちょい耳にしましたが、まだ誰方も先生ほど徹底的におっしゃって下さった方はないと記憶しております。私などのように何の知識も持ちませんものですら、あの粗末な醜悪きわまる、国語読本が幼き少年少女らの大切な基礎教育のいちばん最初に読まされるものであることを思います時、憤(いきどお)ろしさを感じないではいられませんでした。よくも今まで実際児童教育の任に当って来られた教育者の方々が、黙って見過ごして来たものだと感心させられてしまいます。
私たちがいい得ないことを先生があんなにも御熱心に正しくおっしゃって下さいましたことは、子供を持つ母親として感謝に堪えません。(下略)
なお、その後聞くところによると、文部省は教科書から印税を取っているとのことで、大いにあきれている。
(八年四月)
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