話の屑籠・昭和八年

共産党の巨頭たちが、日本民族の優秀性を認める点において、転向したことが新聞に出ている。我々も、資本主義制度の欠陥を認むることにおいて、人後に落ちないつもりであるが、日本国体を尊重し、日本民族の団結を保ちながら、悠々その弊を救い得ることを信じている。いかなる時代が来ても、日本人としての団結を失くして、日本人が幸福にあり得ようなどとは考えられないのである。


政友会が政権の容易に来ないことについてあせっているが、国民はそれに対して、何らの同情も表していないようである。政党の信用が全く地に落ちているからであろう。僕なども、政党内閣などよりは、現在の内閣がよっぽどいいと思っている。収賄嫌疑の大臣などを出しそうもない点だけでもはるかにいいと思っている。救世済民の大政策の用意ある大政治家がいない以上、悪いことをしない内閣の方が、常に無難であろう。


近衛文麿公が、貴族院議長になったのはよい。聡明で進歩的であり、時代が現在の政治家より一時代若いだけ頼もしく思われる。


京都大学の問題は、どちらがより正しいかちょっとわからないが、しかし自分はこういう機会には、現在の大学制度が問題になってもいいと思っている。大学などは、現在の五分の一か三分の一くらいに縮小されてもいいものではないかと思う。明治二十年頃の大学制度をいつまで続けて行く必要があるだろうか。純粋の学問などは、少数の秀才が専攻すればいいのであって、もっとあらゆる教育制度が職業的になってもいいのではないかと思う。文科などは、ことに超職業的である。国文学とか社会学とか美学などをやった人間が、どこにも職業がないのは当然である。


ある実業雑誌から、就職戦術というようなものをききに来た。しかし、そんなものは、就職難を緩和することには何の役にも立たない。それは、多くの求職者中の誰が就職するかの問題であって、全体の就職者の数を一人だって、増やすことではない。仕事が少なくて、人間が多すぎる患を除く外、現在の就職難を緩和する方法はないだろう。満州国ができたとしても、インテリ求職者を何人救い得るか心細い限りである。数の知れた職業に対して、毎年あり余る求職者が増えるのだから、どうにも仕方がないのである。結局、人口を調節して人を少なくするほか方法はないということになるだろう。


本社の入社試験は、わずかに広告しただけで応募者が七百人もあった。もっと広告したら千五百名はあっただろう。最後の口頭試験まで残った人は、二十五、六名だったが、どの人も有為な青年らしく見えた。仕事がしたくって、いらいらしている人を、そのままにしておくなんて、一つの社会悪だと思った。採用する予定は三人であったが、最後に残った六人は、全部入れることにした。社がどうにかやっている以上、少しでも多くの人を使うことは、一つの社会的責任だと思ったからである。大学を出て三、四年もぶらぶらしているなんて、その人の心事を考えただけでも、憂鬱になる。食うに困る人、働きたくっても仕事のない人が多いなどいうことは、はっきりと社会的欠陥を現していると思う。

(八年七月)


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