父や母が、子供を幾人もわが手にかけて、親子心中をする。こういうことは、昔もなかったことだろうし、今でも欧米各国などにはないのではないかと思う。アメリカあたりでこういうことがあれば、大センセーションを起すのではないかと思う。日本ではこういうことが慣れっこになり、誰も不思議と思わないのは嘆かわしいことである。今から十年前には、今日の新間に見るような悲惨事はめったになかったと思う。これは統計でも取ればはっきりすることだと思う。こうした惨事を防ぐ方法は、失業難や生活難を緩和する一大社会政策を実行するのにありと思うが、世の為政家は対外関係などに非常時を認めて、こうした方面に案外無関心である。政治家などは、こうしたことが気にならないのかしら。最近帰朝した奏君に(ドイツでは親子心中なんかあるか)ときいたら(そんなことは絶対にない。失業すると労働局へ行けばいくらかずつ金をくれる)という話だった。日本では、父母妻子が、餓えて一日の食がなくなっても、訴える所がないのは、ひどいと思う。徳川家康が、治民の内規は(百姓どもは、生かさぬように殺さぬように)というのであった。生かさぬようにはひどいが、殺さぬようには、今の政治家よりは、まだいいと思う。人事救済局といったようなものを設けて、親が子供を殺すような惨劇だけは、未然に防ぐべきではないかと思う。
既成作家が復活している。たいていは、以前に書いたものと同じようなものを書いている。僕なども、以前に書いたようなものなら、書いて書けないことはないが、しかし今度新しく書くのてあったら、人生観なり作風なりに、少しでも新味があるものを書いてみたいと思っている。そういう自信がつくまで文芸作品は書かないつもりでいる。もっとも、そんなつもりでいたら結局何も書けないかも知れないが、それでもいいと思っている。
この頃の芝居の出し物などを見ると、実に堕落時代だと思っている。狂言がみんな間に合わせのものばかりである。しかし、いくら演劇改善を唱えてみても、どうにもならないのだから仕方がない。結局芝居というものは、劇作家の力で改善する外はないのであるが、いくら新劇運動が起っても、運動だけで、いい劇作がそれに伴って出ないのだから仕方がない。
維新前の勤王運勤にしろ、左翼運動にしろ、いくらかでも、その個人の出世運動であり、もしくは生活打開の運動であった。今度の五・一五事件の人たちだけは、自分たちの確立している生活位置を犠牲にしての行動である。その点は十分認められなければならぬと思う。
自分は、昔から歴史が好きである。この頃も、就寝前は、必ず歴史の本を読んでいる。多くは、野史の類である。この頃の若い人たちは歴史の趣味や興味などが、だんだん少なくなって行くようである。歴史ばかりでなく、読書の範囲が極めて狭いらしい。
中学の歴史教育なども、今のような乾燥無味なものにしないで、昔あった少年歴史譚「賎ケ嶽七本槍」とか「七卿落ち」といったような読物を、つぎつぎと読ましたら、本当の歴史趣味を養うのではないかと思う。
蘇峰学人の「日本国民史」なども、読んでいて、実に面白いが、ああいうものさえ、読む人の少ないように思われるのは遺憾である。
小波山人が死んだ。僕たち少年時代には、たった一人の童話作家であった。「少年世界」に連載された「新八大伝」などをどんなに耽読したか分からない。小波山人が、ドイツ行きのために、一時少年世界の主筆を江見水陰氏に託したことなどは、我々にとって一大事件であった。その江見氏が、日原鍾乳洞や戸隠山を探検したことなどもまた、大きなセンセーションであった。
六月号に「高松市史」によって、菊池五山のことを書いて、両説があって迷っていると書いたが、その後高松市役所から、来書があった。それによると、五山は、僕の家の二代目の先祖の実子であることが分かった。
(八年十月)
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