現代において、言論が極度に圧迫されているようであるが、しかし日本に憲法があって、言論の自由が保証されている以上、むやみに圧迫されるわけはないと思う。みんな、おっかなびっくりで、いうべきこともいわないでいるのであろう。敢然として主張すれば、別に迫害や弾圧があるわけではないと思う。何でもない字までが
現代の日本では、言論が圧迫されているというよりも、自由主義的評論家などには、敢然として主張すべき主義思想が欠乏しているのではないかと思う。
共産主義者の転向が多いが、主義のために、一時の感激から死を賭するのは易いが、主義のため五年も十年も、牢獄の中でがんばることは容易なことではないらしい。一時の感激は、どんな強烈であっても、長い間の朝暮の苦しみは、たいていの人間の心を、崩さずにはおかないのだろう。自分一代の中に実現しそうもないことのために、一生を犠牲にすることは容易なことではないのだろう。
久米が築地でハムレットの演出に当った。自分は、高等学校時代から、劇文学以外は、興味がなかったが、久米は演技方面にも興味があって、寮で芝居の身振りなどを盛んにやっていた。そのころ、健ちゃんという十二、三の可愛い少年が、よく遊びに来ていたが、この子供は久米のことを「芝居気違い」といってからかっていた。この子供のことは、僕の半自叙伝に書いたことがあると思うが、小江戸っ子でよく「そんなことをいうと、おしるこが、からくならあ!」と、タンカを切っていた。五、六年前、いい若い者になって、しかし半纏を着て、僕を訪ねて来て、松竹の大道具にはいりたいから、紹介してくれといって来たので紹介してやった。
先日、光の村をやっている岡崎俊郎という人に会った。同君は、西田天香に師事している人で、「千日間靴みがき祈願」とか相続税を倍額にして貧民を救済しようという運動のために「全国宿なし行脚」などを試みた人で、実業家岡崎久次郎氏の長男である。私は、会わない前は、奇矯なところのあるキザなやつだろうと思っていたが、あってみると、愛嬌がありお坊っちゃんらしくいかにも好感を受けた。
岡崎君の義兄というのが、私と同姓で一高時代の旧友で、私を待合へ呼んで御馳走をしたが、同席した岡崎君は、ワイシャツに半ズボン素足というおよそ待合の空気と調和しない姿で、その上、二食、無間食という主義であるから、私たちが食事をする間、お茶ばかり飲んで座っていたが、それでいてその存在が、ちっとも気にならなかったのは、同君の修行がすでにある程度堂が入っているためだと思った。光の村は、同君の父が同君の志を賛し、百万円を投じて、貧困者のために建設しようという農村で、伊豆伊東の近所にあるそうだ。ブルジョアの息子が左傾するのは珍しくないが、同君のごとくブルジョアの生活を否定して、同胞愛に生きようとしているのは、一つは欣ばしい傾向であると思った。武者小路氏の「新しい村」などに比べて、土地もよいし財力も豊富だから、きっと成功するのではないかと思う。
(八年十一月)
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