武藤山治氏が殺されたのは気の毒である。他人のこととは思えない。自分の所へなども、いろいるな人が、いろいろなことを持ち込んで来る。そういう人に運わるくからみつかれると、武藤氏のような風にあわぬとも限らないと思うと、嫌な気がする。
金で済むこともある。しかし、理由なくして、十円でも二十円でも、金を取られるのは不愉快である。武藤氏にも妥協しない頑固なところがあったのではないかと思う。
しかし、大局から見ると、やはり失業者が多いことなどが、ああいう惨事の原因である。失業して、生活に苦しんでいると、少しの因縁にでもからみつこうとするのは人情である。失業難、生活難を緩和すれば、人心もおだやかになるのではないかと思う。
自分は、いつも親子心中のことを書いているが、二月の末に、子供がおからを弁当に入れて行って、学校で友達にからかわれ、父がそれを憤慨して親子心中を企てた記事は、実にいやだ。政治家などは、ああいいう記事をどう見るだろうか。失業難や生活難を救済する対策など、考えてもみないのであろうか。
親子心中も、政治的に解決する外、根本的にだめであろうが、しかし、目先だけでも−−せめて東京の新聞に出るものくらいは、防止する方法はないのであろうか。子供が三人以上ある失業者は、就職に対して優先権を認めるという風にはならないのであろうか。おからの弁当を侮辱されて、親子心中をするなどという、悲惨な事が、世の中にまたとあろうか。民間でもいいから、親子心中防止会といったようなものを起す人があれば、自分は理事くらいになって働いてもいいと思っている。
とにかく、失業難、就職難を、もう少し考えてもいいと思う。仕事が少なく、人が多すぎるのである。先日もある座談会へ出たとき、就職戦術という話が出たが、いくら青年が就職戦術を研究しても、百人の青年に対する就職率は少しも増さないのである。百人で、二十人就職するのが、二十一人にもならないのである。ただ、A、B、C、が就職する代りにF、G、Hが就職するだけなのである。
池谷、佐々木、直木など、親しい連中が、相次いで死んだ。身辺うたた荒涼たる思いである。直木を記念するために、社で直木賞金というようなものを制定し、大衆文芸の新進作家に贈ろうかと思っている。それと同時に芥川賞金というものを制定し、純文学の新進作家に贈ろうかと思っている。これは、その賞金によって、亡友を記念するという意味よりも、芥川、直木を失った本誌の賑やかしに、亡友の名前を使おうというのである。もっとも、まだ決ってはいないが。
三宅周太郎君が、東日の劇評で、東宝劇場の案内人の少女が、松竹のそれと比べて、純であることを褒めてあった。それは、自分も同感である。あすこの少女歌劇を見に行って開幕中休憩室にいると、案内人の少女が、続々と自分にサインを求めに来た。松竹劇場などではかつて見ないことであった。しかし、劇場の設備や使用人を新鮮に一変させることは楽であるが、肝心の芝居そのものを新鮮にすることは、なかなか楽でないらしい。水谷八重子などの旧勢力などに頼らないで、新人を登用して、新鮮ないい芝居をしてもらいたいものだ。
本号は、直木追悼号であるが、普通四月号は五十銭であるのを六十銭にした。あとの十銭値上げから生ずる利益は、直木のために使おうと思っている。読者各位も、直木のために十銭だけ、香典を出したと思って頂きたい。彼は(生きているうちに、一つ香典を集めてみようか。いくら集まるだろうか)などといっていたから、たくさん売れれば、地下の彼も喜ぶだろうと思う。
(九年四月)
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