話の屑籠・昭和九年

直木、佐々木、池谷と三人の全集が出ることになった。直木は、生前わがままもぜいたくもしたが、佐々木味津三など、家兄の借金を払うために、苦しんでやっと楽になった時に死んだので、気の毒である。その全集が、遺族のために、一部でもたくさん売れればいいと思う。池谷君の「望郷」は、日本の芸術的長篇小説としては、屈指のものであると思う。これも、ぜひ座右に備えてほしい。


今度、自分は「大毎東日」に入社した。学芸部顧問というのである。十三、四年前、芥川と一緒に社員であったことがあるから、旧縁の間である。社員になった以上、いい小説を書いて、責任をつくしたいと思っている。


今度、日本ラインという所へ行ったが、わるくないところだ。ことに、犬山から小牧山を遠望するあたり、風景史跡兼備して、感慨深きものがあった。


直木が死の直前、村松梢風君と、碁力がどちらが上かというので、喧嘩をした。あの文章は、直木の絶筆である。だから村松君と会ったら、手合せをして直木の修羅の亡執を晴らしてやろうと思っていたが、日本ラインヘ行く電車の中で、対局した。直木には、前月号に書いた通り、三、四目の手合せにある。だから、村松君にも、三目を置いて対局した。直木の亡霊が手伝ったのが、幸いにして七目勝った。もっとも危ない勝ち方であったが。この結果で見ると、直木と村松君は、川端君のいう通り、互角といった方が、花であろう。

(九年五月)


目次 《前 後》