話の屑籠・昭和九年

内閣が変った。新首相は、我々に馴染みのうすい人である。国民一般からいっても、知らない人が多かっただろう。国民一般に相当知れている人に、首相の候補者がなかったのだとすれば、やむを得ないことであるが、しかし未知数だけに、何となく物足りないような気がするであろうと思う。しかし、この内閣によって、公正な選挙法改正が行われ、よき立憲政治の基礎を築いてくれればいいと思っている。


床次氏が、政友会を離れて入閣した。ずいぶん動く人である。最初から、政友会に自重していたら、とっくに総理大臣になれていた人である。しかし、その代りに、犬養さんでなくこの人が殺されていたかも知れぬと思うと、人の進退は容易に論ぜられぬものだと思った。


大川周明博士の「清河八郎」伝は、相当読まれたものらしい。その跋文に、安岡正篤(ある方面では有名な学者とのことだが僕はよく知らない)という人が、「兄は、正明と郷土を同じうし、又実に風神を同じうして居る。若し大正維新を思うて、正明を求めるならば、兄を看るのが一番である。私は唯深く兄の不慮を免れんことを心窃(ひそ)かに祈っている」と、書いているのは、先見の明があり過ぎるくらいあると思った。

(九年八月)


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