半自叙伝

菊池寛


この作品は、菊池寛が「文藝春秋」に連載した自らの生い立ちの記です。

昭和三年五月から昭和四年十二月までの毎月計十八回の連載で一応作品としては終了していますが、戦後、その時期の回顧も含め二章を追加しています。菊池寛の生涯を知るための数少ない作品のひとつです。

なお、この作品には、章ごとにタイトルが付いてないので、かわりに執筆年月を記載しました。参考のため、本文中から最初の一文を抜きだして付加してあります。


  1. 昭和三年五月

    (自分は自叙伝など、少しも書きたくない。...

  2. 昭和三年六月

     魚釣り以外の私の少年時代の違びは「百舌狩(もずがり)」であった。...

  3. 昭和三年七月

     私は、自分の家に学資がないことを知り切っていたので、どうにかして、金のかからない学校に行きたいと思った。...

  4. 昭和三年八月

     話は、少し前後するが、上京当時のことについて、少し書いて見たい。...

  5. 昭和三年九月

     先月号で僕の早稲田にいたことを、時事新報の白木正光君だけは知っているかも知れないと書いたが...

  6. 昭和三年十月

     一年生時代に、芥川は佐野文夫と親しかった。...

  7. 昭和三年十一月

     むろん、僕は一高時代も貧乏で困っていた。...

  8. 昭和三年十二月

     自分は、一高にはいった頃は、東京の芝居の各座は、一二度ずつは見ていた。...

  9. 昭和四年一月

     自分は一高を出て、何をするという当もなく出たのである。...

  10. 昭和四年二月

     一高を出てから、成瀬氏に救われるまで、暗澹(あんたん)たるものであったが、しかしその間にまた不意の救いがないでもなかった。...

  11. 昭和四年五月

     京都大学の文科は、頗(すこぶ)る自由であったが、しかしそれほど面白い講義はなかった。...

  12. 昭和四年六月

     京都へ行った最初の年、芥川、久米、松岡、成瀬が、第三次「新思潮」をやることになったので、京都にいる僕も同人にしてくれた。...

  13. 昭和四年七月

     京都における私の生活は、殆ど孤独であったと言ってよい。...

  14. 昭和四年八月

     京都大学の護義の中では、厨川白村博士の近代英詩論が、一番役に立った。...

  15. 昭和四年九月

     就織が駄目になったので、私はその夏、何か小遣取りがしたかった。...

  16. 昭和四年十月

     その頃、芥川は機関学校の先生をしていたし、久米は医者の雑誌の記者をしていたように思う。...

  17. 昭和四年十一月

     私は妻と、麻布笄町(こうがいちょう)二十八番地の川西呉城という画家の二階をかりて、そこで新家庭を始めたわけだった。...

  18. 昭和四年十二月

    「大島が出来る話」と一緒に「新時代」という雑誌に書いた「若杉裁判長」というのも好評だった。...

  19. 昭和二十二年五月

    自分の「半自叙伝」は、芥川と一緒に長崎旅行をしたことをもって、筆を擱いている。

  20. 昭和二十二年六月

    大正五、六年頃の、文芸欄を中心とする総合雑誌は、「中央公論」一つであった。


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