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Q:色々な所で散々言われてきたことでしょうが、最初のタイトルである『YELLOWS』をCD-ROM化した経緯というのも、最終的にはヘアヌード写真集なるものが当時は印刷物として出せなかったという規制があったゆえ、それを世に出すための手段として採用したということだったのですか? まあ、成りゆきなんですよね。全部成りゆきでやっているのが、僕は一番いいことだと思ってますんで。ただ、そういうのは反感を買うけれど(笑)、実はあんまり何も考えてないところがありまして、ただ、飛んできたモノは全部打ち返す、という部分はあります。これはけっこう大変なことなんですよ。成りゆきとはいっても、実はその時々に巧みなことを色々やっているわけですし。 たしかにおっしゃる通り、あれはマガジンハウスでちょうどその1年前に出せたはずのものが、社内の判断で、禁止というより発売中止になったんです。で、他に出せる宛てもないし、五味さん自身もバブル期にスタジオなどに投資していたため、自費で出せるような資金もなかったわけですよ。それでも何とか出したいというので、それならCD-ROMで写真集出したっていいんじゃないか、という話になって、僕も手伝ってみようかなと思ったわけです。だけど作るのは初めてなわけですよね。事前練習一切なしでCD-ROM作るわけですから、そりゃあ最初は苦労が多かったですよ(笑)。 Q:『YELLOWS』の初回制作枚数はどのくらいからスタートされたんですか? 最初は1000枚です。マックワールド・エキスポで売ろうと思って作ったんだけど、当然いきなりブースなんか出せないわけですよ。だけどいろんなメーカーの広告の仕事をやってましたから、そのメーカーにお願いして、置かせてもらったわけです。で、結果的には1000枚出して4日間で売れました。現金商売ですから、それは「よかったよかった」てな話です。 ところがそれがヘアヌード写真ということで話題になって、テレビに出るわ新聞に出るわ、大騒ぎになったわけですよ。僕らにしてみれば、騒がせてやろうなんて一切考えてなかったからね。僕たちがやりたかったのは、単純にCD-ROMによる写真集を作ろうということだったのでね。当時日本でCD-ROMタイトルというと、リファレンスものか、もしくはゲームとも何ともいえない得体の知れないモノばかりだったけど、そういうものには全く興味がなかった。興味ないどころか、何でマルチメディアっていうと3Dでレンダリングしたものを作らなくちゃいけないの?、ということです。そんなものは開発費用もたくさんかかるし、第一つまらない。僕らはそういう発想よりも、より手元にあった「作品を見せる」ということから始めたわけです。 写真集なら、それまでにもずいぶん作ってきましたから、いいものを作ろうと思えば僕らならできるわけです。92年というと、ちょうど僕が展示映像の仕事を始めて4〜5年目で、ちょうどジェノバ・エキスポの日本館のパビリオンを監督してました。で、それが(今ではMMCAになったけど)当時のマルチメディア・グランプリの展示映像部門で最優秀賞を取ったわけです。その時点まで僕は短期間でやりあげましたから、これが一本あればもう万博仕事はいつでも取れる、といった自負もありました。すると逆に、どうでもいいかな、とも思えてきたんですよ。飽きてきた。馬鹿な広告代理店とか相手して、結局しょうもないものしかできないしね。 それで今度は「マルチメディア・タイトルを作ろう、CD-ROMで何かを作ってみよう」と思った時にも、とにかく自分の好きなことしかやらないでおこう、と誓ったわけです。それで試しに1000本作ったら完売して、CD-ROMがそんなに売れるモノだとは聞いてなかったし、1000本作ってトントンだったら、年間10タイトル作ったら1万本か……じゃあ、10タイトル作ればいいじゃないか!、っていう、そういうあさはかな気持ちでこの仕事を始めたわけです(笑)。 |
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