☆今回は、1977年度名寄市立智南小学校の学校通信「どんぐり」第43号より掲載します。。
児童の減少に伴い、学校を統合すべきか否かについて 度重なる会合の中で次第に明らかにされてきましたが、去る2月25日のPTA臨時総会で最終的な意見集約をしたところ、 明春四月より統合することになりました。
想えば 本校も70年の輝かしい歴史をもち、当部落と共に生き続けてきたわけですが、過疎化に伴う児童の減少と、教育の近代化を指向する時の流れに逆らうことができず 統合にふみきることに大方の意見の一致をみたところです。
向後1年で智南小学校は、閉校することになりますが、それに伴うもろもろのことがらに一層のご理解とご支援を賜りますようお願い申し上げます。
智南小学校PTA会長 田中 稔
智 南 小 学 校長 渡部 実
PTA総会で決定した統合に関する諸条項を下記のように取りまとめ、去る2月27日、名寄市教育委員会に正式に申し入れを行ないました。
1、昭和54年4月1日より学校を統合していただきたい。
2、統合先は、名寄小学校(第1希望)か、名寄西小学校(第2希望)にしていただきたい。
3、児童の通学について次のような便宜をはかっていただきたい。
イ、智南地区1本のスクールバスを運行し、それに中学生も同乗させていただきたい。
ロ、国道歩行は危険なのでこれをさせないことを原則としたバスの乗り入れ、停留所の設置を考えていただきたい。
ハ、放課後の児童の輸送については、最低三回(小低、小高、中学)は運行していただきたい。
二、低学年は、各戸口で乗せていただきたい。
ホ、停留所は、雨天、吹雪の時を考えて設置していただきたい。
4、道路並木並びに校庭立木は無償で払下げていただきたい。(閉校関係の費用の一部にあてたいので)
※ 代表者 PTA会長 田中 稔、 同副会長 木之内 与
南行政委員 山本 静、 智南行政委員 佐々木 稔
学 校 長 渡部 実 ( 以上 5名 )
市教委側 教育長、 学校教育課長 2名
(1978年3月4日)
☆次回も、名寄市立智南小学校の学校通信「どんぐり」より掲載する予定です。
☆このメールマガジン版に掲載した山口“悟風”智の作品は、明らかな間違いを除き、筆者・悟風が書いたまま載せています。
山口“悟風”智のプロフィールは、http://plaza.rakuten.co.jp/gofu63/profile/ をご覧下さい。
こんにちは。山口“悟風”智のムスコ、一朗です。
実を言うと、今回ご紹介したのは、父“悟風”智の作品ではありません。父が勤務していた名寄市立智南(ちなん)小学校で32年前に発行された学校通信ですが、渡部実校長先生が担当された分です。智南小学校を語る際、閉校・統合を避けることはできません。校長先生が智南地区の住民にあててお書きになった公的文書と考え、引用させていただくことにしました。
近年、少子化に伴って大都市でも学校の統廃合がよくあります。智南小も、少子化という理由は同じですが、行政側から方向付けられた閉校ではなく、地域から提案したように、私は記憶しています。その理由と結論は、今回ご紹介した渡部校長先生の文章にある「教育の近代化を指向する時の流れに逆らうことができず 統合にふみきることに大方の意見の一致をみた」という部分です。
智南小学校は閉校が決まった1978年3月の時点で児童12人。職員は、校長先生と、父、20代男性の先生と、非常勤講師として、母も勤務していました。児童は6年生6人、5年生1人、4年生2人、3年生2人、2年生1人、1年生ゼロでした。男子10人。女子は2人で、6年生に1人と、3年生だった私の妹だけでした。児童と教職員の計16人のうち、4人が私たち家族という不思議な構成だったのです。
学校から、最も近いバス停まで1キロ。最も近い商店まで5キロ。市街地や中学校まで12キロという場所でした。児童の保護者は、我が家を除いてすべて農家で、アスパラガスやトウモロコシ、ジャガイモなどの作物を作ったり、乳牛や肉牛を育てる家庭が多かったと記憶しています。
この約1年前の1977年春、父の転勤に伴い、風連町立風連中央小学校から智南小学校に転校した時、私は6年生でした。児童会長に無投票当選し、野球クラブで主将、4番・捕手を務めることが決まっていました。6年生で編成する鼓笛隊では、トランペットを担当していました。そして、何よりも、風連には小学校5年間、一緒に過ごした仲間がいました。
転校によって、それらを一気に失うのは、本当に悲しかった。父と、父の職を恨んだものです。でも、あれから30年余り経って、あんなに自然に恵まれた土地には、望んでも、そう簡単に住めないのではないかと、思うようになりました。本当に、今となっては、懐かしい場所です。
さて、開校69年目だった1978年の冬、智南小学校は、翌春での閉校を決めました。今まで、このメールマガジンでは、どのシリーズも4月にスタートし、3月までの1年間を追ってきました。もし、智南のこの年を同じように追うと、「閉校します」というさびしいお知らせで終わりになってしまいます。そこで、閉校を決めるまでの1年間を、父が担当した学校通信を中心に、紹介しようかなと考えました。
(発行者・山口一朗)
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■発行者: 「悟風の書斎」管理人・山口一朗 yamaguchi_gofu@yahoo.co.jp
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