山森茶館

1999年10月

カラコルム―大草原の慟哭

<写真:山森洋一 撮影:1999年7月15日午後8時ごろ>

モンゴルのほぼ中央ハンガイ地方は、気候がよく地味豊かで放牧に適していて、古来、各地に割拠していた遊牧民族の争奪の地であったという。この土地に恵みをもたらすハンガイ山脈の東端にあるカラコルムは、かつてのモンゴル帝国の首都であった。1235年のことである。第2代皇帝オゴタイ・ハーンが都と定め、その治世の間カラコルムは世界の文物や民族が集まる東西交渉を象徴する国際都市であった。カラコルムの繁栄ぶりは、マルコポーロの「東方見聞録」にも紹介されているのは周知のとおりだ。

カラコルムは大草原の真っ只中にあって、どこに立っても周囲360度眺め渡すことができる。草原に点在する白いゲル群の一つが今夜の宿だ。夕食のあと、まだ陽が高い草の海を散歩しているとき、写真の牛の生首をみつけた。すこし離れてきれいに肉を削いだ四肢。そのとき鮮やかによみがえったのはその午後に遭遇した変事だった。

ゲルでくつろいでいたとき、すぐ近くで異様な音、いや声を聞いたのだ。それが牛の集団で、20頭ほどいたろうか一つところに犇いて落ち着きなく体を震わせながら一斉に啼いているのである。否、咆えて、というのがふさわしかろう。それは、身も世もあらぬ悲痛というか苦衷のうめきのようにも聞こえた。理解できぬまま眺めていると、飛んできた牧童が、たちどころにそれぞれ違う方向に追い立て、やがて静けさが戻った。

生首をみて思ったことだが、あのとき牛たちは仲間の残骸に慟哭し、かつ恐怖に慄いていたに違いない。こんなときは、集団ヒステリーに陥って暴走したり行方不明になったりすることもあるらしく、すぐに追い散らす必要があるという。何より乳の出が極端に悪くなるそうだ。これがその顛末である。それに、夕食に供されたことも・・・。合掌。


(c)1999 Yoichi Yamamori

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