契爺茶館

2000 年 6 月

シャー・ジャハーンが愛したタジ・マハール

バドゥイ族の結婚披露宴の様子

現場の職人の指南を得て撮った額縁の中のタジ・マハール

写真:山森洋一
撮影:1996 年 11 月 28 日午前 11 時(上)・午後 5 時(下)

デリーから200キロ南のアグラはムガール帝国最初の都である。中央アジアの地 から進出した初代皇帝バーブル(チムールの6代後)が1526年首都に定め、第3代皇帝アクバル帝にかけて栄華をきわめた。ヤムナー河畔のアグラ城はムガール帝国 の権力の象徴でもあった。有名なタジ・マハール(Taji Mahal)はアグラ城の対岸に聳え、白大理石のドームと4本のミナレット(光塔)の美しさは感動ものだ。目もあ ざやかな白亜の姿を、傾く陽が徐々に茜色に染めあげていく経過はたとえようもない一瞬一瞬である。

タジ・マハールとは第5代皇帝シャー・ジャハーンが溺愛した妃の墓所である。マ ハールはもともと宮殿を表すが、その名称は妃ムムターズ・マハールの語形が変化したものだ。シャー・ジャハーンは建築に造詣が深く、世界中から大理石と職人を集め 22年の歳月と莫大な費用をかけて1653年に完成した。まさに国力を傾けてその愛を貫いたわけだが、そのために第6代皇帝となった息子アウラングゼーブによっ て、アグラ城に生涯幽閉されてしまうはめになる。

タジマハール遠景

シャー・ジャハーンが妃を偲びつつ暮らしたアグラ城の部屋には、ベランダがヤムナー河に張り出し、2,3キロ向こうの正面にタジ・マハールを望むことができる。シャー・ジャハーンは廟を染め上げる日没を毎日心待ちしていたことであろう。陽が沈む直前、暮れなずむ地平にドームとミナレットだけが妖しく浮かびあがり、ヤムナー河の水面に投影される情景に人知れず至福に浸っていたのではあるまいか。幽閉されて7年後、シャー・ジャハーンは74歳の生涯を終えた。

タジ・マハールは世界に知られている。その多くは正面からの姿で、写真はペル シャ紋様の柱とアーチの曲線がつくるシルエットの額縁の中にとらえたもので、これは修復作業中の職人に指導料なにがしかを差し上げて撮影指南を受けたもの。だが本当に紹介したいのはシャー・ジャハーンが眺めたタジ・マハールのほうである。アグラ城のシャー・ジャハーンの部屋から撮ったもので、上述したシーンは表現できな かったが、アグラを訪れる機会にはぜひお奨めしたいのである。


(c)2000 Yoichi Yamamori

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