契爺茶館

「契爺」とは広東語でゴッドファーザーの意。香港お嬢たちから親しみを込めて契爺と呼ばれるAsiatic Exproler 山森洋一さんが、アジアの各地で遭遇した旅の場面 を伝えるフォトエッセイ「契爺茶館」。アジアのさまざまな風景を毎月お届けします。

2001年9月

街道の陶芸一家

―ウズベキスタン・ブハラ―

早朝、ブハラ市からブハラ街道を西に向けて出発した。30分ほどでキジルクム砂漠の端にさしかかり、行き交う車もない道をひた走る。時折見かける薄氷が張る湖の向こうがトルクメニスタンである。この街道の先はヒヴァである。途中のドルージバ(Drujba)という村に入って、ウズベキスタンで著名な陶芸家を訪ねるのである。電話など通信手段は皆無だから、突然の訪問だ。首都タシケントから同行していただいている、アクバル・ラヒモフ氏はこの国の有数の陶芸家で、数少ないMaster of Ceramicsの称号の持ち主である。どこに行っても大歓迎なのだ。それだけではなく、サマルカンドでは修復中で一般客は入れないグル・エミル廟のすみずみまでみることができたし、あろうことか壁画の断片を手にとって、係官の面前で記念に持って帰ったら、とさえのたまうのであった。さすがに遠慮したが、今思えばやっぱりもらっておけばよかった……。

湖…薄氷が張った湖。対岸がトルクメニスタン

湖…薄氷が張った湖。対岸がトルクメニスタン
(1996年2月12日午前10時)

さて、もう一人のMaster of Ceramics(当時全国で3人しかいなかった)である、マチガノフ氏一家である。家長は87歳で現役、ご老体とはいえ実にかくしゃくたる態度、物腰の人物であった。遠い国から、長い道のりをよくぞ訪ねてくれたと、窯場と作品展示室に自ら案内してくれた。展示作品(写真)をみながらふと振り返ると、見事なブハラ絨緞の上にひかれたクロス(これも薄い絨緞)に山ほどのご馳走とウォッカが並んでいる。ウズベク人の客好きは有名である。いつ、どんな時でも、客を迎える用意は怠らない。弟子も入ってたちまち大宴会が始まった。そこでの客が守るべきしきたりは以前紹介したとおりである。

馬車…トルクメニスタンのバザールへ

馬車…トルクメニスタンのバザールへ
(1996年2月12日午後2時)

マチガノフ老は4代目で、ホラズム地方政府(この地域はホラズム地方=太陽の国と呼ばれる)からも援助を受け、弟子も抱えて当地の伝統的な陶芸を一家で支えているという。息子4人もすべて同じ道に入っている。しかし、弟子を教育し伝統工芸を守っていくのは、たやすいことではない。伝統的な作品の制作以外に日常の普及品も生産しなければならぬ。折りしも、息子たちがそうした大量生産陶器を向かい側のトルクメニスタンの市(バザール)に売りに行くという。荷馬車に製品を積み込んで馬に引かせるのだが片道5時間はかかるという。いつも全部売り切るまで何日か帰ってこられないんだ、と朗らかに笑いながら去っていった。

老人…「また来なさい」とマチガノフ老

老人…「また来なさい」とマチガノフ老
(1996年2月12日午後3時)

四方山話を咲かせているとき、ちいさな坊やがマチガノフ老の膝にちょこんと座った。4歳のかわいい子で、曾孫さんですかと聞くと平然と83のときできた息子じゃよ、とにこにこ笑っている。かくしゃくといった意味がこれでおわかりだろう。この地方の長命は知られているところだが、たんに長生きだけではないらしい。


(c)2001 Yoichi Yamamori

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