十七世紀の初頭、一六〇二年に株式会社の原型である「オランダ東印度会社」が設立されてから、約四〇〇年が経とうとしている。現在、企業が直面している試練は、この四〇〇年の歴史の中では、十八世紀後半の産業革命に匹敵するものといってよい。単純に割り算をすれば、現在は二〇〇年に一度の長期文明史的意味での大転換期なのである。
それでは、今起こりつつある変化とは一体何なのだろうか。それは、我々の社会が、人類がこの世に誕生して以来、営々と追い求めてきた“飢えからの解放”と“物的豊かさ”をようやく実現し、物的生産を中心とする一つの時代が、今、終焉を迎えつつあるということである。既に、アメリカを中心とする先進資本主義諸国では、一九六〇年代後半から「近代化」達成後の新しい社会を棋索する動きが活発化してきていた。H・ガボールの『成熟社会』(一九七二年)、D・ベルの『脱工業化社会の到来』(七三年)、H・カーンの『大転換期』(七九年)、A・トフラーの『第三の波』(八〇年)などの著作は、いずれも工業社会に続く新しい時代を構想する意欲的な試みであったといってよい。
わが国の場合、欧米先進諸国へのキャッチアップを旗印に後発の資本主義国としてスタートし、日清・日露の両戦争を僥倖で乗り切った自信から性急な軍拡路線に走り、いったん第二次大戦によってすべてを失い、戦後再スタートを切った。幸い、国際情勢に恵まれたこともあって、経済復興は極めて順調に推移し、六〇年代から七〇年代初めにかけて世界でもまれな高度成長を実現し、七三年の石油ショック前後にはほぼ戦後近代化を達成した。二度にわたる石油ショックによって世界経済が停滞する中にあって、唯一わが国は、企業における徹底した合理化・省エネ化の努力によって総じて良好な経済パフォーマンスを維持し、その後、七〇年代後半以降のエレクトロニクス革命を中心とする技術革新の波にうまく乗り、現在に至っているわけである。
その結果、わが国は世界のGNPの一割(三〇〇兆円)を占めるまでになり、アメリカに次ぐ自由世界第二の経済大国となった。一人当たりの名目GDP(国内総生産)においても八四年に一万ドルを突破し、世界の金持ち国のシンボルである“一万ドルクラブ”に仲間入りした。要するに、わが国は明治維新以来の悲願であった欧米へのキャッチアップを実現し、その代償としてそれまで国民のエネルギーを収斂させる役割を果たしてきた“物的豊かさの増大”という社会的目標(メルクマール)を喪失することになったのである。こうして、欧米先進諸国と同様、わが国も新しい産業社会の創出に向け未曾有の構造変動を体験しつつあるわけである。
現在生じつつある変化を端的に位置づけると、欧米や日本などの高度先進工業諸国は、工業社会から情報社会への過渡期にあるといえよう。表1をご覧いただきたい。同表は、人類社会の発展段階を社会的基盤技術との対応で整理したものである。

同表に示したように、工業社会は動力革命やエネルギー革命を基礎とした工業技術の発展により、社会的生産力を飛躍的に高め、市場における様々な物財欲求を充足し、都市化・民主化などを推し進め、農業社会において土地の支配を基礎として確立していた身分制などの封建的諸拘束から人々を解放した。
これに対して、今その入口にさしかかっている情報社会では、コンピュータ、通信などの情報通信技術の飛躍的発展と各種データベースの整備などにより、必要なタイミングで必要な情報が入手できる“ジャスト・イン・タイム化”が進み、これまで人々の交流を妨げてきていた時間や空間の壁が取り払われることになる。このような新しいインフラストラクチャー(社会的生産基盤)の整備によって本格的な知的生産が可能となり、知識・情報の生産・流通が飛躍的に高まるのが情報社会の特徴である。とりわけ、知識・情報の生産・流通においては、人工知能とパソコンネットワーク(テレコンピューティング)などの私的メディアの発達が大きな役割を果たすことになろう。
なお、ここでいう知的生産とは、ソフトテクノロジーとしての考える技術を駆使することによって、既知の事柄や事実を組み合わせ、目的に適合する新しいコンセプト、ノウハウ、システムなどのアウトプットを生み出すことを指している。
パソコンネットワーク(パソコン通信)とは、自宅にあるパソコンから電話回線を介して大型コンピュータにアクセスし、各種の情報を受け取ったり、商品の購入を指示したり、パソコン同士で交信したりすることで、今後の家庭をめぐる情報通信の本命と目されているシステムである。アメリカでは、八五年一月現在で約一〇〇万人の利用者がおり、この三年間で利用者が四倍になったと報告されている。アメリカで有名なパソコン通信サービスは、「ザ・ソース」といわれるもので、バージニアにある巨大コンピュータ群に色々なサービスが詰まっており、約六万三〇〇〇人といわれる会員が自在にアクセスし、サービスを享受している。サービスの内容は、電子メール、電子会議、電子掲示板、オンラインおしゃべりなどの利用できるコミュニケーションサービス、各種データベース情報サービス、ショッピング、レジャーその他の情報サービスの三つになっている。このようなネットワークが拡大し、パソコン通信によって享受できるサービスの質が増大すれば、前述したように必要なタイミングで必要な情報が入手でき、いつでも必要な人と意見の交換ができることになる。まさに、知的生産の基盤が整うことになるのである。
わが国最大のパソコン通信は、アスキーが無料で実験中の「アスキー・ネットワーク」である。このシステムでは、スーパーミニコンをセンターマシンとして使い、七本の電話回線を用いて約四〇〇〇名の会員に、コンピュータ関連の情報供給、ユーザー間通信の仲介などのサービスを行っている。同システムの利用率は、一日三〇〇〜七〇〇回のアクセス、平均使用時間約二〇分、回線稼動率約九〇%という極めて高いものであり、アスキーの事例は条件さえ整えば、わが国でも急速にパソコン通信が拡大していくことを示すものといえよう。
ついでに超長期的展望をすると、情報社会の次には人類史上はじめて“不条理性(自らの責任でない事柄について罪を問われること−−例えば、病とか飢えなど)の排除”が現実のものとなる「知恵社会」が登場することになろう。これは、生命工学、大脳生理学、バイオテクノロジーなどの生命科学に関する技術が本格的に開花し、新たな資源やエネルギーが創出されることによってもたらされる社会である。そこでは、あらためて種としての人間の存在が問われることになり、人間の倫理やマインドスタイルの充実に結びつく知恵の生産が最も重要な社会的営みになるだろう。
話が途方もない人類の未来にまで発展してしまったが、情報社会の黎明期にある今、認識しておかねばならないことは、物的生産の時代が工業社会とともに終わりを告げ、社会的生産の中核が知的生産に移行する時代に入っているということである。このことが、工業社会のもとで精緻化されてきた従来の社会科学の理論的枠組に限界を生じさせ、新しいパラダイムの創出が求められている背景である。このような動きは、工業社会の旗手として物的生産の主要な担い手であった企業に対しても極めて大きなインパクトをもたらしており、我々のこれまでの企業に対する伝統的なモノの見方を、根底から覆すことが求められているのである。