2 企業の基本的枠組の変化

◆インフォーマル集囲の台頭

進行しつつある情報社会のもとで企業が直面している第一の大きな変化は、既存の企業(フォーマル企業)とインフォーマルな集団との境界が徐々に曖昧なものとなり、区別がつきにくくなっていくことである。図1はそのことを模式的に表わしている。同図は、企業の対象とする市場を、物の生産(ハード)によって対応する分野と、それ以外の分野(ソフト)に区別し、市場に財・サービスを供給する担い手を既存企業(フォーマル企業)とそれ以外のインフォーマルな集団とに分けたものである。

物的生産中心のこれまでの時代は、ハード、ソフトの両分野ともフォーマル企業が分担してきたが、知的生産中心のこれからの時代は、ソフト領域を中心にインフォーマル集団の役割が増大し、結果としてインフォーマルな集団とフォーマル企業との間の境界が必ずしもはっきりしなくなることを示している。その点について以下で詳しく述べてみよう。

現在、我々の生活している社会は、市場において基本的に物財に関する欲求の満たされた歴史始まって以来の豊かな社会である。そのため人々の価値観は、ハビング(モノを所有すること)からビーイング(自己実現)へと大きくシフトしつつあり、市場には多様な感性欲求が渦巻いている。このような動きは、企業における生産性向上によって生み出される自由時間の増加のもとで更に加速しつつある。

今、企業の現場では、マイクロエレクトロニクス革命(ME革命)に支えられた急激なオフィス・オートメーション(OA)やファクトリー・オートメーション(FA)が進められている。最もシビアな予測によれば、OA革命によってホワイトカラーは三分の一に減少し、FA革命のもとでは何と一〇分の一のブルーカラーしか生き残れないという空恐ろしい数字が報告されている。このまま推移すると、遠からず深刻な失業危機か到来することになるのである。そのため、わが国では、人々が仕事を分かちあうジョブ・シェアリング(ワーク・シェアリングともいう)を導入していくことは避けがたい方向であり、人々の労働時間は今後大幅に減少することになろう。

ちなみに、現在の一人当たり年間労働時間を他の先進諸国と比較すると表2に示すように、わが国が最も多く、イギリスと二四八時間、西ドイツとは四五四時間も差がある。これは、世界経済が低成長期に入った一九七四年以降、欧米諸国が仕事の減少を総労働時間の減少によって乗り切ってきたのに対し、相対的に良好な経済パフォーマンスを維持し、世界の工業基地として新たな仕事を生み出すことのできたわが国では、人々が相変わらず精出して働いてきたことを端的に示す結果である。

◆週休三日制企業−−ジャパン・センサー・コーポレーション

財団法人の余暇開発センターが八五年四月に発表した「西暦二〇〇〇年の労働と余暇」という研究報告によると、一五年後の日本人一人当たりの年間労働時間は今より六〇〇時間も少ない一五〇〇時間になると予測している。そうなると、睡眠、食事などに一日一二時間使っても年間の余暇時間は二八〇〇時間となり、働く時間の約二倍が余暇という本格的な余暇社会がやってくることになる。週休三日や一カ月の長期バカンス、五年や一〇年ごとに一年間の長期サバティカル休暇というのもあながち夢とはいえない時代が近づいているのである。また、それぐらいの思い切った制度を導入しないと、急速な生産性の上昇による失業の増大を回避していくことはできないであろう。現に、わが国にも週休三日制を導入している企業が出現した。東京・上目黒に本社をもつ赤外線を使った非接触型温度計メーカーのベンチャー企業、ジャパン・センサー・コーポレーションがそれである。

同社では八四年九月から、一〇年前から実施している週休二日制をベースに、製造・開発部門は隔週ごとにいっせいに金・土・日を休み、総務・営業などの事務部門は半数ずつ三日間休む「隔週週休三日制」を実施している。一日の労働時間は三〇分延ばしたが、実働時間は二週合計で七五時間から七二時間に減っており、もちろん給与も変更していない。同社の場合、従業員四五人のミニ企業であり、固定費のかかる大規模な生産ラインをもたない。したがって、高価で特殊な機械を一つ一つ受注生産によって作るという固有の条件下ではじめて可能となった制度ともいえるが、いずれにせよ、週休三日制という余暇時代を先取りする新しい動きが順調にスタートを切ったことだけは間違いない。一方、医学の発達により我々の寿命はさらに延びつつあり、現在既に人生八〇年時代に入っている。このように、年間トータルの余暇の増大と併せて、人生トータルの自由時間も大幅に拡大しつつあるのてある。

要するに、我々は生活の中て圧倒的な自由時間をもつようになるのてあり、自己実現に向け、自由時間をどうクリエートしていくかが、これから人生を送っていく上での最大のポイントとなる。余暇が単なる疲労回復の時間ではなく、我々の人生にとって極めて重要な要素になっているのである。企業の立場から見ると、このような機会開発に向け、どう対応していくかが二十一世紀企業として存続していけるかどうかの分かれ目となる。ところが、このようなソフト中心の領域は必ずしも既存の企業(フォーマル企業)の得意な分野とはいえないのである。

◆主婦企業−−ドゥ・ハウス

例えば、主婦のニーズは、コミュニティの中で様々な活動に取り組んでいる主婦の集団が最も熟知しており、彼女たちが働いている兼業主婦の家事代行に結びつく新しいビジネスを創出し、既存企業に対抗していくことは十分考えられることである。その典型的な例は、小売業の販売促進やメーカーの新製品開発などを手伝うマーケティング会社として注目されているドゥ・ハウスであろう。ドゥ・ハウスは、ドゥさんと呼ばれる独自に組織した約七〇〇人の主婦が家庭などに友人、知人を集めてホームパーティー方式の料理教室を開き、そこで食品メーカーの食材などの新製品を調理し、その評価を聞いたり、さらには会話の中から主婦の本音をくみ取り、KJ法などによって定性情報を整理・加工して売る会社である。また同社では、八四年からドゥさんの日記を収集し、約八〇社の企業に提供しているが、八五年秋から総数が四〇万以上に上る日記の内容を商品別に分類し、商品名をキーワードとしてコンピュータによる検索サービスを実施している。

既に同社は、会社発足から五年目を迎え、今では常時三〇〜四〇のプロジェクトを抱える盛況ぶりである。ドゥさんは本部と対等なパートナーで、プロジェクトごとにドゥ・ハウスと契約して仕事をする形をとっており、ふだんは主婦としての役割を果たしている。ドゥさんは、主婦の間で人気が高まりつつあり、現在、ドゥさんになるには約六倍の競争率という難関を突破せねばならないといわれている。こうしたドゥ・ハウスの活動について同社の小野貴邦社長は、「ドゥ・ハウスは主婦の社会復帰に対するエネルギーを事業化した新しい産業組織だ。単なる株式会社の倫理ではなく、主婦の自己実現志向を組織の基本理念として据えている」と語っている。すなわち、同社は「主婦による主婦のための主婦産業の創出」を基本コンセプトとする新しいタイプの会社なのである。

その他、わが国でも「コレクティブス」と呼ばれる主婦を中心とした協同組合型ビジネスが広がりつつあり、東京都や神奈川県には、食生活や家事援助、保育など福祉関係の分野を中心に活発に活動している多くの組織がある。こうしたコレクティブスと呼ばれる活動は、(1)利潤追求を第一目的としない、(2)労働者・組合員の合意に基づく自己管理の組織である、(3)単なるモノやサービスの提供が目的でなく、活動を通じて何らかの形で社会改革を企図している−−という特徴をもっており、今後、様々な分野で有力なインフォーマル企業としで勢力を拡大していくものと思われる。

◆老人会社と住民会社

インフォーマル企業の主役は、主婦だけではない。急速に進行しつつある高齢化社会のもとでは、圧倒的多数を占める老人の中から、異能な老人の集団が様々な分野で企業活動を行うことも大いに考えられる。例えば、会社を定年退職した技術者が仲間の老人と手を組んで、老人のホームケアーのための器具や装置・システムを開発するR&D(研究開発)企業を興す可能性も高い。卓抜なアイディアを盛り込んだ設計図さえあれば、生産は既にわが国にも現われているOEM(相手先ブランドによる生産)専門企業に委託できるからである。老人の手による異色企業は、既に八五年四月に発足した。それは、株式会社・日本キャリアユニオン事業団である。

同ユニオンでは、職を求める中高年をいったん登録し、事業団が仕事を請け負ったら、その仕事に合う人を社員に採用し、仕事をしてもらう仕組みによって事業展開を行っている。一人一人では弱い立場に立たされ、貴重なキャリアの安売りを要求されがちである再就職に悩む中高年が、寄り集まって自分たちの会社を設立したのである。彼らは、長年の経験を生かして事務処理や経理の請け負い、人事、技術コンサルタント、事務機器の販売などの事業を計画しており、その成果が注目される。

もう一つユニークな会社を紹介しよう。それは、繊維不況に悩む丹後ちりめんの産地京都府野田川町で、町の有志六一人が名乗りを上げ地域を再生するために八四年碁れに設立した「住民会社」である。一人一〇〇万円の住民の共同出資でつくったこの株式会社・野田川振興は、現在、体耕田の有効活用をねらってトマトなどの水耕栽培の事業化を検討中であり、町ぐるみの支援体制のもとで第一歩を踏み出そうとしている。

これら三つの会社は、いずれも従来のフォーマル企業とは性格を異にする新しいタイプの会社である。すなわち、これまで企業活動の中で脇役に甘んじていた主婦、老人、住民などが主役として登場し、仲間のネットワークによって事業を進めている点が、まず第一のユニークなところである。また、これらの会社には、原則として定年制はなく、その気になれば一生働けるという特徴をもっている。これは、インフォーマル企業がある意味でノン・プロフィット・カンパニーとしての性格をもっておリ、冷たい資本の論理の制約を超えることができることから可能となる条件である。

◆インフォーマル・ネットワーキング−−東京梁山泊

もう一つ例をあげよう。私の所属しているインフォーマルなネットワーキングに東京梁山泊という組織がある。梁山泊という言葉は、「水滸伝」の中に出てくる山東省にある地名で、宋江以下一〇八人の豪傑が集まったということで名高いものである。東京梁山泊には、作曲家、スペイン舞踊家、ベンチャー企業の社長をはじめ、一人一人が一〇〇人以上のネットワークをもつ約一〇〇人の異能・異才の士が結集している。したがって、この梁山泊で、仮に本を出版するとすれば、一〇〇人×一〇〇冊=一万冊の本が確実に売れる(さばける)ことになる。話半分にしても五〇〇〇冊である。しかも、この本には、PRコスト、流通コスト、小売店へのマージンなどがかからないのである。このようなインフォーマルな集団の中から、本格的な出版活動を行うところがたくさん出てきたら、既成の出版社(フォーマル企業)は、一体どのような対抗手段を講じるのであろうか。今の出版界では、本当に良い本が黙っていても確実に五〇〇〇部売れていくなどという話は、まさに“たちの悪い冗談”に属する話なのである。

この事例に端的に示されているように、ソフト領域、とりわけ機会開発産業分野に属する限り、既存のフォーマル企業は、卓抜したアイディアやシステムをもって絶えず市場に新規参入してくるこのようなインフォーマルな企業と競争せざるを得ないのであり、そのことがフォーマル企業の構造転換を促していくのである。いずれにせよ、人々が圧倒的に増大する自由時間をクリエートしていくことを手伝う機会開発産業分野においては、今後ともインフォーマルな集団の中から多様な企業形態が出現し、人々の新しいニーズの充足に向けて創造的な活動を展開していくことになろう。

いいモノを安く作ることに最大の価値のあった物的生産の時代には、作る人(メーカー)と使う人(消費者)が存在し、社会的分業を分担したが、機会開発のための知的生産に比重が移る時代には、作る人と使う人との区分が必ずしも明確に判別できなくなってくる。すなわち、これからの時代は、消費者は姿を消し、生活者が登場してくるのであり、そのことがフォーマル企業とインフォーマル企業との境界を徐々に曖昧なものにしていくのである。


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