3 企業組織の変化

◆大企業体制の破綻

我々に対して企業像の転換を迫る第二の大きな変化は、先に述べた企業の基本的枠組の変化の帰結として生じる企業組織の変化である。図2は、過去、現在、将来の企業組織の変化方向を概念図として示したものである。

市場に物財が圧倒的に不足していた工業社会では、良い品質の製品を安く市場に送り届けることが、企業が他社との競争に打ち勝つ基本であった。そのため、企業内のシステムは、インプットをコントロールすることによってアウトプットの質・量を高める効率概念で形成された。その典型的な形が、分業と協業をスムーズに結びつけ組織の規模拡大を可能とする官僚的組織・機構であった。

ところが、供給過剰時代に入った今日、市場には物財が満ちあふれている。貿易摩擦の解消の一環として、いくら一国の首相が音頭を取り、外国製品の購入を薦めても、過剰なまでの品質のモノが氾濫している中で選択眼を鍛えられてきているわが国の“消費者”を誘惑し、そのサイフの紐をゆるめさせることは並大抵の努力ではうまくいかないのである。人々の欲求は、モノそれ自体より、むしろ目に見えない財であるサービスやノウハウなどのソフトに移りつつあり、感性欲求が強まる中で個々の商品・サービスに対する需要はますます小さくなり、そのライフサイクルも急速に短縮化する傾向にある。まさに、市場は変わり身の速い中小規模の企業に適した構造になりつつあり、今後、わが国では、単一の財やサービスの提供によって超マンモス企業に成長していくことは不可能といえよう。すなわち、大規模企業時代の終焉である。その意味では、物的生産中心の時代に、資本にモノを言わせて市場の独占的支配をねらうことを排除する目的でつくられた「独占禁止法」も抜本的な見直しが必要な時期にきていると思われる。大企業がこぞって分権型のフラットな組織づくりを目指しているのも、このような事態に何とか対応し生き残りを図っているからにほかならない。

しかし、わが国にはまだ抜き難い“大企業信仰シンドローム”とでもいうべき悪しき伝統が存在しており、このことが、本来、大企業体制の隙間を突いて生まれ出たはずのベンチャー企業の経営者の頭を汚染しているように見える。確かに、ベンチャー企業に投資しているベンチャーキャピタルや金融機関、さらには個人投資家に至るまで関係者のすべてが、投資先のベンチャー企業がどんどん大きくなり、自分たちの投下資本が何倍にもなって返ってくることを期待している。したがって、そのような社会的期待がベンチャー経営者にとって強いプレッシャーになっていることは間違いない。しかし、私には、会社の内容よりも人を何千人、何万人と使っている大会社ほど無条件に尊敬されるという、わが国特有の風土が大きく影響しているように思える。自前の責任において、クリエーティブな活動に代表される知的生産の絶対水準を評価できない未成熟な社会においては、誰の目にとっても単純明快な事実と見える「規模」が何よりも強い説得力をもつからである。

コスモエイティやソードの例に見られるように、資金調達力を背景に、適性規模を超えた大規模化を志向し背伸びを始めたとたんに、自らのもつ優位特性に綻びが生じてくる。総合力と基礎体力の勝負にかけては、やはり既存の大企業が圧倒的に有利であり、ベンチャー企業は技術や市場をできるだけ絞り、そこに研究開発、マーケティング等の機能を有機的に凝集させることによって、自らの存立基盤を強固なものにしていかねば生きていけないのである。重ねていうが、大きいことは良いことだという時代は終焉しつつある。これからの知的生産時代において社会的な影響力を拡大していくためには、それぞれの分野で他に負けない特性を発揮しうるベンチャー企業が互いの足りないところを補い合う形で手を組むジョイント・ベンチャーの連合方式が中心とならざるを得ないであろう。誰にも負けないスペシャリティと情熱をもつベンチャー企業のジョイントしたネットワークが拡大することによって、はじめで現在の硬直化した大企業体制に大きな風穴をあけることが可能となるのである。

◆ネットワーキングの時代

さらに時代が進み、本格的な情報社会のもとで多様な機会開発が一大産業として花開く状況になると、企業という枠組は極めてルーズなものとなり、コーディネーション・センター的機能をもつ中核企業の周囲に多くの企業内企業や子会社が配置され、他企業の企業内企業や子会社、およびインフォーマル企業と自由に連携する形で事業展開を進めていく姿が一般化しよう。

現在でも既に、このような傾向を先取りする“ネットワーキング”という新しい動きが大きな潮流になりつつある。八四年五月、J・リップナックとJ・スタンプス夫妻の手によって書かれた同名のタイトルの本がわが国でも翻訳出版された(プレジデント社)。同書は、アメリカの活動家であるリップナック夫妻が、同国の市民運動などを網羅的に調ベ、ネットワーキングへの指標を示したものである。同書は、アメリカで初版八〇〇〇部しか売れなかったが、なんと四〇〇〇人の読者が手紙や電話などで著者に連絡をとってきたという。その大多数の人はネットワークの活動家ではなく、アメリカの大企業のトップ・エグゼクティブの人たちだといわれている。

このように、ネットワーキングは人と人との新しい結びつきを意味するものであり、INSに代表されるハードの情報・通信ネットワークのことではない。本来の意味は、市民運動やサークル活動、ボランティア活動の各団体の間で地域や運動の種類を超えて互いに連携しようとする新しい消費者運動のことである。

わが国では、個人が所属する職場と家庭という二つの組織の中間に構成される「自由に参加して形成される新しいタイプの結びつき」という、もう少し広い角度からのとらえ方が中心になっている。こうした動きは、消費の成熟化が進むわが国では、新たな小売り販売チャネルなどマーケティングの新しいチャネルとしても徐々に大きな存在になってきつつあり、既存の企業(フォーマル企業)としても、その存在を無視できなくなってきている。すなわち、インフォーマルなネットワーキングが社会の中で主要な潮流になるこれからの時代においては、既存企業もそのネットワークに自らを連結しないと人々の多様な機会開発のニーズに応えることができないのである。結局のところ、二十一世紀企業として存続、発展しうる企業は、図2の将来の企業組織のイメージで表わした「ホロニック・カンパニー」なのであり、このような自律調和型企業が、未来に求められる企業像だといえよう。

◆ホロニック・カンパニーの発想

このような動きを先取りする先駆的企業が既にわが国にも誕生している。最初に紹介するケースは、多核連合企業とでもいうべき会社で、八五年四月一日に設立された通販会社のエルファスユニコ(本社東京、社長近藤茂一郎氏)である。同社は、日本航空生活協同組合など大企業の職域生協、労組、銀行、メーカーなど二六団体が出資したユニークな会社で、設立早々、三八団体から加入したいとの申し入れを受けている。現在のところ、日航生協が行っていたカタログ販売と催事販売を引き継いでいる段階で、新規事業開発は今後の課題だが、参加各社は、異業種連携によるネットワークを自社製品の新たな販路として期待しているようである。構造変化の進む情報社会のもとでは、企業の子会社は複数の、しかも異業種の親会社の設立した新会社であり、下請けというよりも戦略的に新分野へ進出していく役割を担う性格が強まってきているのである。エルファスユニコは、そのような動きを先取リするケースといえよう。

今一つの会社は、アメリカNBCニュースのジャーナリストとしてベトナム最前線を二年半にわたって取材した体験をもつ椎原正昭氏が、八二年一月に設立したクロス・メディア・ハウス(本社東京)である。同社は、総合プロダクションを業務としており、この三年間に、対米広報TV番紙制作、広告、広報誌、CIデザイン、シンポジウム、セミナー、マーケティング、ビデオと単行本のメディアミクス商品などの企画製作と多種多様な活動を展開してきた。このような活動を行うプロダクションはほかにいくらでもあり、これだけでは珍しくも何ともない。同社が他社と異なるユニークな点は、企業組織のつくり方・発想が従来と逆であり、近未来のネットワーキング型情報社会の先駆的企業として活動している点である。少し長くなるが、椎原氏の会社設立の弁を聞いてみよう。 「何をやるためにつくった会社かということとは発想が逆です。これからの企業、会社のあり方、仕事をする時の空間のあり方は、集まった人が何を一番やりたいかを決めて、そこのネットワークを通してやってゆく時代だと思いますから、それを先取りしているわけです。仕事があって人が集まるのではなくて、人が集まってやりたい仕事をみんなで決めてやっていく。性別、世代、業種、立場、肩書き関係なしで、参画の仕方も多様ですが、一人が一つのプロダクションだし、一人が一つの会社なわけです。僕もみんなも、一人一人がプロデューサーです。プロデューサーとは何かというと、ふつうは企画・アイディアと資金をもって人集めをする人のことですが、うちは順序が逆で、まず人がいて、人から企画ができてきて、金がついてくる。今、金を出したいところはいっぱいありますから。そういう発想の人たちの集団です。」現在、同社は椎原氏を含め七人のスタッフにしか過ぎない小さな集団であるが、一人一人が自立したプロダクションのプロデューサーとして、外部の専門家のネットワークを生かしたパワフルな活動を展開している。椎原氏は、同社の事業とは別に前述した「東京梁山泊ネットワーキング一〇八」と相いう異能・異才の輩からなるインフォーマル・ネットワーキングの主催者としても活躍している人である。人間のロマン、思想、文化をビジネスと統合するクロス・メディア・ハウスのオルタナティブカンパニーとしての行動は、知的生産中心の時代における企業活動を先取りした注目に値する社会的実験であるといえよう。


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