工業社会から情報社会への移行という産業社会の地殻変動は企業内外の経営環境に大きなインパクトをもたらしており、物的生産中心の時代に形成された伝統的な経営理論に限界を生じさせている。表3は、企業活動におけるこれまでの経営システムの発展段階を概念的に整理したものであるが、現在求められているのはフェーズIVの戦略経営である。

戦略経営とは、変動期の環境を前提とした新しいスタイルの経営のことであり、限られた経営資源を重点活用し、組織全体を構造変革しつつ戦略的に動かすことによって、環境適合を図ることを目的とする経営である。その基本構図は図3に示す通りである。すなわち、戦略性の視点から社外環境インパクトと社内環境制約条件を突き合わせ、望ましい自社の戦略を策定し、実践していこうとする経営である。

企業が転換期のダイナミックな環境変化にリアルタイムで対応し、望ましい方向へ事業構造を改革していくためには、欧来流のトップダウン型経営でも、日本流のポトムアップ型経営でも限界がある。稟議制度や根回しなどの内部調整に時間と精力を費やす日本的経営では、刻々と変化する速い経営環境にとてもついていけないし、かといって“おみこし経営”に安住してきた調整型サラリーマンリーダーには、自前の決断によってリスクを賭けるトップダウン型経営は無縁の存在だからである。このことがわが国企業に、“自律と統合”を基本原理とする個と全体との有機的調和のマネジメントであるホロニック・マネジメント(Holonic Management)の導入を要請しているのである。
「ホロン」という言葉は、もともとハンガリー生まれのイギリスの科学批評家で小説家のアーサー・ケストラーの造語で、ギリシャ語のホロス(全体)とオン(按尾語で個や部分を示す)の合成語である。ホロンという言葉は「全体子」と訳され、生命科学の領域では「個と全体との有機的調和」を意味する概念として従来から用いられている。すなわち、生物体において細胞や臓器などがそれぞれ部分として個性をもって働きながら、全体や他の部分と協調して生きている状態のことをホロン的という。ホロンは、以上のほか、ゆらぎ(融通性、柔軟さ)、自主性(自己組織化)、引き込み現象(エントレインメント)などの性格をもっている。近年の生命科学の発達によって、このようなホロン的現象が存在することによってはじめて有機体が調和を保ち、環境変化に柔軟に対応てきることが明らかになってきた。このようなホロン的な仕組みを企業経営の中にビルトインし、転換期の環境変化に適合していこうとするのがホロニック・マネジメントである。
このような考え方は、「企業は生き物である」とする立場からするとマネジメントの本質に通ずるものであり、とりわけ、転換期の企業に求められる戦略経営の推進にとって欠くことのできない中心原理になるものである。「ホロン的経営」という表現自体は朝日新聞の名和太郎編集委員の命名であるが、ホロニック・マネジメントという概念は、その一生をコンサルタント人生に捧げ、八五年の初めに七〇歳で亡くなられた故岡田潔氏がつくり出した、わが国で生まれた新しいマネジメントの考え方である。同氏は、日本能率協会に所属したベテランコンサルタントであり、私にとっても大先輩にあたる方であった。同氏が生み出された概念を、筆者が「企業に求められる個を生かす経営」(日本経済新聞「経済教室」一九八四年九月二十二日)という論文で世に紹介し、それがきっかけとなって現在のホロニック・マネジメントのブームが生じていることを考えると、まことに感慨深いものがある。
話が少し脱線したが、ホロニック・マネジメントの目指す望ましい企業の姿は、「企業内のあらゆるレベルで構成員の各々が自律的に問題解決や事業構造の改革に取り組み、それが全体として望ましい調和のもとに相乗効果を発揮し、企業の戦略ドメインの実現に向けて統合され、収斂している状態」であるといえよう。
ホロニック・マネジメントについて論じる前に、あらかじめ誤解を避けるために二点について指摘しておきたい。
第一は、ホロニック・マネジメントは、企業の取り組むべき事業正面、すなわち戦略ドメインの実現に向け、企業の構造改革のプロセスの中で展開されるべきもので、旧態依然たる事業構造を放置したままで社員のモラルアップをねらう小手先の組織・機構いじりの手法ではないということである。うまいことをいって社員を働かせることのできる時代はもはや終わったのであり、そのような立場からホロニック・マネジメントを位置づける限り、何の新しい展望も開けてこないであろう。
第二は、個と全体との有機的調和にはレベルが存在するということである。かつて日本的経営が華かなりし頃にも個と全体との調和はあったが、それは一糸乱れぬ統制の中で個人が組織に埋没する企業一家主義のもとでのものであった。今目指すべきレベルは、このような日本的集団主義を超えた、あくまで生活者や市民としての個の自律がべ−スとなる形での有機的調和でなければならない。その意味では、ホロニック・マネジメントは儒教的・道徳的経営を超えた経営リベラリズムを志向する新しいマネジメントといってよい。
企業がゴーイング・コンサーンとして転換期をたくましく生き抜き、二十一世紀企業として存続していくためには、成熟化の傾向を強めつつある人々の真のニーズを的確に先取りし、タイムリーに有用な財・サービスを創出しつづけねばならない。そのためには、一人の生活者または市民としての企業人一人一人のポテンシャルを最大限発現させ、それを組織としての知恵に凝縮していくマネジメントの仕組みが不可欠となる。現在、企業は自らを新たに“知的コミュニティ”の場へ再生することを求められているのであり、以下で述べるように、その実現にとってホロニック・マネジメントの導入は避けて通れない道なのである。