2 ホロニック・マネジメントが求められる背景

ホロニック・マネジメントが求められる基本的な背景は、情報社会への移行が進展する中で、わが国の企業が外部環境の構造変化(進行する成熟社会化)と社内環境制約条件の変化(企業内アイデンティティ革命の進行)への対応を追られていることである。

◆成熟社会化への対応

成熱社会化の進行に伴って、現在、企業にとって最も直接的な外部環境である顧客・市場の構造変化が生じつつある。表4のマーケットの発展プロセスに示したように、先進諸国の中でも相対的に高い物的豊かさを享受しうるレベルに到達したわが国では、第三次消費革命を背景とした経済のソフト化・サービス化が進行しており、価格や機能だけでなく目に見えない財であるサービス、ノウハウ、情報を志向する需要の動きが活発化している。市場に圧倒的に物財の満ちあふれた供給過剰時代の到来のもとで、人々の価値観がハビング(物を所有すること)からビーイング(自分らしく生きること−−自己実現)ヘと転換しつつあり、多様な感性欲求が強まってきているからである。このような状況のもとで、直接的には次に述べる三点がわが国企業に対し、ホロニック・マネジメントの導入を要請している。

(1)知的生産に適した組織・仕事の進め方が求められていること

多様な感性欲求の強まりによって市場ニーズが複雑化・高度化するのに伴い、企業は他社を差別化するニーズ発掘・創造型の高度なマーケティング企画を求められるようになってきている。同時に、エレクトロニクス、バイオテクノロジー、新素材等の先端技術革新や、情報・通信革命など急速なイノベーションの真っただ中にあるわが国では、企業は未来への永続のために、ここでも他社を差別化する強力な武器として広義のR&D(研究開発)力を強化する必要に追られている。

このことを最も端的に示しているのは、八四年「オールド」の不振で約九〇〇億円の減収となったサントリーにおける事例である。そのサントリーが八四年九月末から十月にかけて、立て続けにウイスキーの新製品を市場に投入した。ハードボイルドタッチの二級ウイスキーの「コブラ」をはじめ、森のウイスキーのイメージの「エルク」、それに「シルキー」と「クラシック」である。通常、企業の新製品開発の担当はマーケティング部門であるが、同社の場合、宣伝部に属するある一人の卓越した感性をもつプロデューサーが、若い人をはじめとする関係者の問題意識を煮つめながら、短期間のうちに市場に新しい商品を提示しているのである。もちろん、それが可能になるためには、それそれの銘柄に合った味を生み出すためのブレンダーの技術(広い意味でのイノベーション)が大きく貢献していることはいうまでもない。

今一つ、典型的な事例を紹介しよう。それはビジネス機器大手のプラスにおけるケースである。同社では、現在「チーム・デミ」と呼ばれる二八〇〇円もする文房具のミニセットがベストセラーになっており、月間二〇万ケース以上が売れている。この新商品は、八四年に入社した新卒女子社員のアイディアが具体化されたものである。市場ニーズが感性欲求によって規定される状況のもとでは、いくら市場のデモグラフィック(人口統計的)な特性を分析・評価し、客観性の名のもとに皆で納得する商品を考えても、ヒットしないのである。それよりも、卓越した感性をもつ仮説設定能力の高いある種の突出した人間が、主観で判断し新商品開発を進めたほうが当たる確率は高いのである。

この点に関し、“百恵伝説”の生みの親であるCBSソニー取締役の酒井政利プロデューサーは次のように語っている。「いま企画会議を開けば、どんな層をターゲットにして売るか、調査はあるのか、CMとのタイアップはどうか、まずそっちへ話がいく。人が余っているから、分析する時代なんですね。そういう話がきっちりできていると、みんながホッとする。ところが、そんなやり方をしちゃホームランは出ない。十年間もつようなスターは生まれてこないことに気づかないんですね。」(報知新聞「現代を演出する仕掛人」一九八五年七月二十一日。ただし強調は筆者)

要するに、絶対水準において際立った商品・サービスのコンセプトを構築し、それを広義のイノベーション展開力によって具現化していく力量が問われる時代になったのである。情報社会に入ったわが国では、このような知的労働のブレーンパワー(頭脳の力)を的確にマネジメントしていくことが、企業間競争の決め手となっている。知的生産においては、考える技術としてのソフトテクノロジーを駆使することによって効果的に一定水準のアウトプット(新しい知見、ノウハウ、システムなど)を生み出すことが求められる。しかし、従来の効率一点ばりの官僚組織のもとでは、知的生産に携わるゴールドカラー(企業の命運を左右するような業務に従事するホワイトカラー)の人々にやる気を出させ、知性と創造性を発揮させることはとても無理である。この難関を打破していくためには、企業内部に知的生産を可能とする多様で柔軟な組織を創り出していくことが課題となってくる。

(2)環境変化にリアルタイムで対応していくことが求められていること

商品やサービスに感性が求められているということは、平たくいえば好き嫌いという極めて個人的なレベルに的確に応えていかねばならないことを意味している。極端なことをいえば、市場には人口の数と同様一億通りの好き嫌いが存在することになる。しかも、この好き嫌いという現象は極めて浮気なものであり、今日の好き嫌いが、明日のそれと必ずしも一致しないというやっかいな性格をもっている。

要するに、これからの市場においては、個々の商品・サービスはますますマイナーなものとなり、しかもそのライフサイクル(寿命)はいっそう短くなっていく。このような事態にリアルタイムで対応していくためには、大企業の硬直化した組織・官僚機構では限界があり、個人や小さなグループが環境の変化に自主的に対応したほうが、企業全体としての効率も上がっていくことになる。

とりわけ、ハイテク社会では技術の陳腐化も早いから、ニーズの発掘から開発・生産・流通・販売に至る全プロセスを機動的に展開していくハイスピード・マネジメントが要求される。超大企業であるATTの組織・機構の一大変革や、スリーエム、ヒューレットパッカード、IBMに代表される企業内ベンチャーの積極的導入の動きは、このような状況を先取りしたアメリカでのマネジメントのホロニック化への取り組みである。わが国においても近年、組織の硬直化や安定志向への傾斜などの大企業病を克服し、変化の激しい環境に素早く対応していくために、第一線の感度を良くし、トップがすぐそれに反応できる組織として企業内企業や社内ベンチャーを重視する動きが出ている。

(3)複雑化する環境への対応が求められていること

物的生産による量的拡大を志向してきた高度成長時代に確立したこれまでの企業組織は、過去を分析し、そのやり方を部分修正して将来にのぞむという線形行動に最も適していた。しかし、情報社会の進行のもとで、既存の秩序が崩れ、“業界の時代”から“融業の時代”へと大きく企業環境が変化しつつある転換期には、異質の未来に対応する非線形行動に適した組織が必要となる。すなわち、環境の複雑さ、多様さに対応していくためには、企業内部にも多様な人材を抱え、外部に対して多くのアンテナを張りめぐらしていくことが必要となる。同時に、新しくどんどん生まれてくる課や部の枠を超えた部際的、課際的な仕事に対して、人数・役割・仕事の内容などをすぐ変更できる“ゆらぎ”をもった柔軟で流動的な組織も不可欠となる。

多様で複雑な市場の要請に対し、機動的な知的生産によって対応していくことが求められる時代には、「エコノミー・オブ・スケール(規模の経済)」よりも「エコノミー・オブ・スコープ(広がりの経済)」の原則がより重要になってくるのである。

最近、アメリカでギフォード・ピンチョー三世という経営コンサルタントの手によって、『イントラプレナーリング(Intrapreneuring)』(邦訳『社内企業家』講談社)という本が出版された。これは大企業にはびこる官僚主義を排し、自由な独創性を生かせる環境を企業内につくろうというもので、エクソン、フォード、ゼロックス、スリーエム、ジェネラル・ミルズ、デュポン、ATTなどで実際にコンサルティングに従事したピンチョーが、大企業の中で社内企業家=イントラプレナー(エントラプレナー〈企業家〉という言葉をもじって『メガトレンド』の著者ネイスビッツがつくった言葉)を見出し、その力を発揮させるための方法を紹介した本である。このような動きも、市場の複雑化、多様化に対処していくため、自社にとって異質な要素を内部に抱え、その芽を育てていくことによって、新たな成長を志向する大企業の試みといえよう。

◆企業の内部環境条件変化への対応

現在、わが国の企業が抱える内なる環境変化の中で、最も深刻な課題は、企業を構成人々の価値観が“企業ロイヤリティ”から“仕事ロイヤリティ”へと大きく移りつつある中で、この企業内アイデンティティ革命にいかに対処していくかである。

(1)日本的経営を支えてきた主要原理の崩壊への対応

安定成長がすっかり定着してきている中で、いよいよ中年化した大量の団塊の世代が課長相当職の年代に入ってきた。そのため、現在企業の第一線において先頭に立って働き、企業を実質的に支えている彼らに対して、十分なポストや報酬を用意できないことが誰の目にも明らかになってきている。年功序列による企業内秩序の実質的崩壊が始まっているのである。現在、五〇〜五四歳の大卒サラリーマンは、約九二%が部課長になっているが、二〇〇〇年時点では約二七%、すなわち四人に一人しか部課長になれないという予測(経済企画庁「二〇〇〇年に向けて激動する労働市場」一九八五年五月)もある。

もともと、日本人は生まれながらにして忠誠心が厚くて勤勉な民族であったわけではなく、社会全般の貧しさの中で、一生懸命働くことが将来ポストや報酬の形となって報われるメカニズムが機能していたからこそ、高度経済成長時代には皆、経済戦士として猛烈に働いてきたのである。

それでは、ポストや給与に不満さえいわなければ終身雇用だけは確保することができるのだろうか。残念ながら、この点についても見通しは暗い。なぜなら、これまでの企業の平均寿命が三〇年に過ぎず、それも今後の急速な技術革新と構造的な環境変化のもとで更に寿命が短くなることが予想されるからである。そのため多くのサラリーマンにとって終身雇用は自らを安心させる虚構の役割を果たしているにしか過ぎないことが明らかになってきている。平均寿命の伸長とともに、サラリーマン人生が六〇〜六五歳と長くなっていくのに対し、逆に企業の平均寿命は三〇歳以下に短縮していくことが確実視されるからである。

日本的経営を支えてきた終身雇用と年功序列が実質的に崩壊した段階で、企業人にやる気を出させる唯一の道は、彼らにとってやりがいのある仕事に挑戦させることしかない。そのためには、組織成員間の関係を組織階層の上位・下位の関係を中心とする権限による支配から、具体的な問題解決をめぐる情報の送り手と受け手というパートナーシップを原則とするネットワーク型へと質的に転換していくことが求められる。このことが、ホロニック・マネジメントの導入を要請しているのである。

(2)企業構成員の変化への対応

企業内において知的生産のウエートが高まるにつれ、マーケティング企画、技術開発、システム間発など各分野で求められる知識、技術の水準が高度化し、スペシャリティを要求されるようになってくる。そうなると、従来のように企業内の色々の職種をローテーションによって経験していくことが困難となり、むしろ企業の壁を超えて同一職種のジョブに移動することのほうが容易になってくる。既にコンピュータ関係や技術・研究開発分野の職種では転職は半ば当たり前の状況になっており、今後、労働市場はますます流動化しよう。

一方、特定企業に所属しない新しいタイプの職業人である人材派遺会社の登録スタッフ(テンポラリーワーカー)も急激に増加しつつあり、大手企業では正規社員と一緒に働く彼らの姿を日常的に見かけることができる。また、かつて補助的で臨時の労働力であったパートタイマーも今や企業の重要な戦力になっており、雇用者全体の約一割を占める存在になっている。前掲の経企庁の調査によれば、二〇〇〇年時点では三人に一人がパートになると予測しているほどである。

このような状況の中で、今後、企業の取り組む問題がさらに複雑化し、外部との連携の必要性が増大するにつれ、企業の構成員は図4に示した四つのタイプの企業人の混成チームが常態になってくる。これに加え、国際化本番時代のもとで内なる国際化が急速に進展することにより、国内企業における外人社員の存在もこれからは至極当たり前の状態になってこよう。また、産業構造のソフト化、サービス化が進む中で、女性が能力や特性を発揮しやすい仕事が拡大してきており、女性の管理職も普通の状態となり、ただでさえ少なくなったポストをめぐって男女の深刻な葛藤が生じる可能性も高い。少なくとも職場への本格的な女性の進出は、男性優位のわが国の企業社会に様々なフリクションをもたらすことは間違いないところである。

このような混成チームは、従来の企業一家主義のもとでのマネジメントでは到底律しきれるものではなく、必然的に職業人としての個の尊重をベースとしたマネジメントのホロニック化が要請されるのである。

(3)勤務形態多様化への対応

今一つ注目する必要があるのは、労働意識の変化や情報化の急速な進展を背景とした勤務形態の多様化の動きである。

現在、オフィスワークに対比されるテレコミューティング(Telecommuting)という言葉が注目をあびている。この言葉は、一九七〇年代初めに南カリフォルニア大学、未来研究センターの情報技術部長ジャック・ナイル博士がつくったもので、わが国では「在宅勤務」と訳されている。INSを基軸とする高度惰報通信システム化の動きの中で、将来この在宅勤務が主流を占めるという議論が脚光を浴びているわけである。わが国ではまだ限られた人しかこの制度を利用していないが、アメリカの在宅勤務コンサルタント会社であるエレクトロニック・サービシズ・アンリミテッド社(本社ニューヨーク)によると、アメリカで同制度を採用している会社は四五〇社、約一〇万人の在宅勤務者がいるとのことである。職種としては、プログラマー、セールスマン、証券ブローカー、消費者の苦情係などである。本場のアメリカでも在宅勤務に関して、

  1. 最適職種の選択、
  2. 勤務形態(フル/パート、出社日など)、
  3. 給与システム(オフィス社員と別立てとするか、残業代はどうするか)、
  4. 設備持ち込みによる経費処理、
など管理面で解決すべき問題を抱えている。

わが国でも、前述したような職種では在宅勤務が拡大していくものと見られるが、今後、人と人との触れあいを基礎とした知的創造のウェートが企業活動の中でさらに重視されるようになることから、必ずしも在宅勤務が勤務形態の主流を占めることにはならないであろう。

それにしても、現在一部で実験中のコミュニティの近くに情報関連機器の端末が組み込まれた「サテライトオフィス」のような施設があちこちに作られ、そこで他の会社の人と一緒に働くような形熊が多くなるであろう。少なくとも、全般的な社会の余暇化の中で、フレックスタイムによる勤務がかなり一般化することだけは間違いないところである。すなわち、朝から夕方まで机を並べて(あるいは顔をつき合わせて)一緒に仕事をする全日制社員の存在は、今後ますます少なくなる傾向にあり、このこともまた当然、マネジメントのホロニック化を強く要請しているのである。


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