3 ホロニック・マネジメントの基本原理

ホロニック・マネジメントという概念は、わが国で誕生した新しい言葉であり、まだ確固としたマネジメントの体系が確立しているわけではない。しかし、その基本原理を考察していく上で次の二つのタイプの企業・組織における教訓が参考となる。

一つは、従来から知的生産を仕事としているシンクタンクやコンサルティング機関などのプロフェッショナル・ファームにおける人の管理と仕事の進め方である。知的生産が企業活動の中核になる時代には、これまで知的生産によって糧を得ていたこれらの、ある意味で特殊な組織にのみ求められていたことが、これからはほとんどの企業にとって必要になるからである。

今一つは、世にエクセレントカンパニーとして喧伝されている企業における人と組織の運営に関する共通の原理・原則を抽出することである。ベストセラーとなった『エクセレントカンパニー』(講談社)の中で、超優良企業の条件として掲げられている、

  1. 行動の重視、
  2. 顧客への密着、
  3. 自主性と企業家精神、
  4. 人を通じての生産性向上、
  5. 価値観に基づく実践、
  6. 基軸から離れない、
  7. 簡素な組織、小さな本社、
  8. 厳しさと緩やかさの両面を同時にもつ、
の八つの基本のうち、(2)と(6)以外はすベて人と組織に関する分野である。このように、超優良企業では自ずとマネジメントのホロニック化への努力が行われており、とりわけ、企業人の一人一人を人間として尊重し、彼らのやる気を引き出すという意外と単純明快な原則が貫かれているからである。

ここでは、上記の二つのタイプの組織から得られた教訓をベースに、今後の議論の叩き台として私なりのホロニック・マネジメントの基本原理を述べてみたい。

◆自律メカニズムのビルトイン

企業の場で、個と全体との有機的調和を目指すホロニック・マネジメントを実現していくためには、自律と統合が現実に企業の中でメカニズムとして機能していくような仕組みをビルトインしていかねばならない。自律化の方向として重要なことは、企業内企業ともいうべき適当な規模の集団をつくり、そこに大幅に権限を委譲していくことである。

この点では、自らを大企業病と命名し、その退治に全力を傾注している立石電機のケースが参考となる。同社では、大企業病の処方箋として様々な構造改革を行ってきているが、その中核をなすのが肥大化しすぎた組織を再び適正規模の小事業部制に分権化していくことであった。すなわち、各事業部に貸借対照表からキャッシュ・フロー(現金の出入り)までの責任をもたせる一方で、生産だけでなく商品企画、研究開発、マーケティングに至るすべての機能を与え、研究開発投資などに関わる決裁権限も大幅に拡大したのである。このような一連の施策が効を奏し、同社は、八五年一二月期の決算で待望の二〇〇〇億円企業の仲間入りを遂げることができたのである。このような思い切った措置が可能であったのは、同社が立石一真会長という卓越したオーナーを擁しているからであろう。

しかし、長い歴史をもつ超マンモス企業でも、最近は新しい動きが見られるようになってきている。その典型例は新日鉄に見られる。同社は現在、鉄・新素材・エンジニアリングの三本柱による複合経営の道を真剣に歩みつつあるところである。その新日鉄で八五年の四月、エンジニアリング本部に内部資本金制度を導入し独立採算化する大胆な措置がとられたのである。重厚長大型企業の代表であり、古い体質をもつと見られていたわが国有数のマンモス企業である新日鉄でさえ、このような方策をとらざるを得ない客観的状況が生まれてきているのである。

このような基本的な条件整備を行った上で、組織を活性化させるメカニズムを内蔵していくことが必要となる。その場合、基本となるのは次の三つの仕組みである。

(1)利潤原理の導入−−採算単位としての責任を明確にするとともに、経済的貢献に対する報酬制度を確立すること

人が組織に所属する限り、必ず一定のコストがかかる。したがって、それを上回る経済的貢献をしないと組織におんぶされていることになる。ところが、組織が大きくなり、現場から遠ざかるほど、自分が企業に対してどの程度の経済的貢献をしているかが見えにくくなり、そのことが、組織に寄生する人間を増やす温床となっている。

京セラのアメーバ・システムは、このような弊害を打破する卓越した試みである。すなわち、同社では早くから部謀長制を廃止し、五〜六人から数十人でつくるアメーバ組織を六〇〇以上も結成し、仕事にのぞんでいる。各アメーバは、経営の三要素といわれるヒト、モノ、カネの裁量権をもち、各アメーバの責任者はその仕事に全責任をもたされる。例えば、生産工程の一部を担当する一つの作業グループ(アメーバ)が、前工程から受け渡された半製品に自分のグループで手を加え、次の工程に手渡すまでにかかった諸経費や投入時間を計算し、自分たちの一日の作業の中から、どれぐらい新たな付加価値を生み出したかが誰にも分かるシステムを採用して、大幅に生産性を向上させている。

同社では、アメーバ・システムによる競争をゲームとして位置づけており、各アメーバの生み出した付加価値額の大きさによって報酬を変えることはしていない。しかし、企業内の各集団間の競争による事業拡大への積極的な取り組みを刺激していくためには、経済的貢献に対する報酬制度を確立すべきだと思われる。

(2)知的刺激原理の導入−−創意工夫に富んだ自主的な事業展開を奨励するために、組織内に異質な血を積極的に導入するとともに、多様な能力評価基準を確立すること

豊かさを当たり前の状態として育ってきた人々が徐々に企業の主流になるにつれ、報酬だけで彼らを動機づけることは困難となる。やはり、面白くてやりがいのある仕事に互いに刺激を受け合うことのできる仲間とともに挑戦することによって、はじめてモラールが向上するのである。とりわけ、今後、最大の産業になることが予想される機会開発に関わる商品・サービスの企画においては、色々な分野で突出した能力をもつ人材が必要となる。特に、次の二つのタイプの人材が求められる。

第一のタイプは、一方で企業内の現場の課題に真剣に対応しつつ、他方で企業外の動きを見失わない「境界に立地する視点」を重視するマージナルマンとしての企業人である。今一つのタイプは、高いリスクを取り、戦いを楽しむゲームズマン的資質をもった人材である。すなわち、仕事と人生をゲームと考え、勝者としての名声と栄光を求め、新しいアイディア、テクノロジーを積極的に評価し、自己統制に最大の価値をおくタイプの企業人である。

このような異質な人々から成立する集団に十分力を発揮させるためには、多様な能力評価基準を確立し、新しいビジネスの創出に向けて様々なアプローチを許容する風土を醸成していかねばならない。ディールとケネディは、企業文化と環境との関係を調査した結果、企業活動に伴うリスクの大きさと、環境からのフィードバックの速さという二つの次元で、図5に示すようなカルチャー類型を試みている。この図を企業人のタイプ分類として読み換えると、転換期の環境のもとで求められるのは、左上のボックスに相当する「マッチョ/タフガイ型(高リスクに直面し、積極的なアクションを要求するカルチャー)」の企業人である。その意味で、能力評価基準の設定においては、減点主義を避け、実行重視と失敗に対するルーズな評価を基準とすべきであろう。

この点で参考になるのは、わが国の代表的なエクセレントカンパニーである本田技研工業のやり方である。同社には、ベストセラーカーである「シビック」の開発で導入された有名な「併行異質自由競争」という制度があり、新事業展開などにおける多様な取り組みを奨励している。しかも、同社には期待した成果が上がらず失敗した人間に対しても、そのオリジナリティを称えて成功者とともに表彰する「失敗表彰」という公式の制度がある。このような、リスクや失敗に対する柔軟で許容範囲の広い姿勢をホンダが企業として明示的に表明していることが、同社のバイタリティの源の一つとなっていることに我々は学ばねばならない。

(3)流動性原理の導入−−組織の編成においては固定化を避け、プロジェクト単位で時限的なチームを組むことを基本とすること

固定的な形で課や部を設置すると、いつのまにか、仕事の一単位としての機能を果たすことと、同等かそれ以上のウェートで課や部を自らの守るべき、または拡大をはかるべき城や拠点として考えるようになりがちである。人が集団で仕事をしている限り、このような傾向は避けがたいものである。水は、流れが止まれば必ず淀み、濁るのである。

そこで、最初から組織はプロジェクトを遂行するために臨時的につくるものだと決めておき、仕事が終わればプロジェクト・チームもまた解散する方式を採用すべきであろう。このやり方は、ホロンの本質である“ゆらぎ”を生かしたものである。シンクタンクやコンサルタント会社などでは、従来からこのようなやり方を採用しているし、大阪万博や科学博に代表されるイベント組織においても、このことは常識になっている。ワコールや京セラでは、部課制を廃止し、プロジェクトによって自在にチームを組み、その時々のテーマに最も適した人を年齢に関係なく責任者に指名する制度を導入して効果を上げている。例えば、前述した京セラのアメーバの場合、仕事が増えると大きくなり、減ると小さくさせられる。また、新製品の開発・生産には新しいアメーバがつくられ、既にあるアメーバから人を集めて当たることになっている。

◆統合メカニズムのビルトイン

前述した自律化の方向を放置しておくと、各集団が勝手な方向を目指して行動し、企業が自己崩壊する恐れが生じてくる。そこで、自律化を徹底して進める一方で、それを企業目的に向けて有機的に結びつける統合の論理と仕組みが必要となる。

ゲームズマンやマージナルマンを含む多様な個性をもつ、新しい企業人を統合するベースとなるのは、企業の基本戦略であり、どのような領域で事業を展開していくかの戦略ドメインに関する明快な基本コンセプトである。このような例としては、オプトピア(住友電工)、生活文化産業(サントリー)、清浄奉仕(花王)、医食同源(明治製菓)、塩素の高度利用による事業展開(呉羽化学)、高分子素材企業(東レ)などがあげられる。その典型的な成功例は、日本電気の「C&C(コンピュータ&コミュニケーション)」である。しかし、同社でさえ、一九六五年頃には「コミュニケーション、コンピュータ、コントロール、コンポーネント、コンシューマー・グッズ」の五Cという欲ばったコンセプトを掲げていたのであり、ようやく、一二年後の七七年に現在のC&Cに至ったのである。その後の同社の発展ぶりは、まさに瞠目に値するものがあり、同社のケースは的確な基本コンセプトの提示がいかに重要なことかを我々に教えてくれるものである。

このような自社のアイデンティティ(存在証明)に関する明確な認識に支えられたコンセプトを提示することによって、はじめて多様な個性をもつ企業人の自主的活動を統合していくことが可能となるのである。企業に対して、一義的な忠誠心をもたない批判的知性に富んだ人々が企業の主流を占める時代には、権限による支配のみが前面に押し出されると、かえって全体の有機的な統合が損われ、企業としての潜在的パワーを最大限に発現していくことが困難となる。重要なことは、個々の企業人が自らの知的責任において進める自主的でユニークな企画や実行計画を、ネットワークによる協働を通して基本コンセプト実現に向けて収斂させていく努力を払うことなのである。トップが主体的に先を読んで、強い目的意識をもった生存領域を積極的に提案し、その具体化を構成員の自律的活動に任せる時に、組織としての最大限の活力が生じてくるのである。

このような方向を実現していくための主要な手段は、昨今、再びその導入がブームとなっているCI(Corporate Identiniy)の全社的展開である。企業におけるCI戦略の必要性は、外部に向けて自社のイメージを確立することにだけあるのではなく、いわんやシンボルマークやロゴタイプのデザインなどの単なる表現テクニックの問題にとどまるものではない。その基本は、自社の存在証明に関し、企業内部でねばり強く意思統一をはかるアイデンティティ・マネジメントの展開にあるのであり、何よりも企業としての内実を伴うことが前提になければならないのである。その意味で、“融業”の進む新しい時代の経営者には、哲学に裏打ちされた自社のパラダイムともいえるビジョンを、アイデンティティ・マネジメントとして遂行していく強力なリーダーシップが求められるのである。


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