4 ホロニック・マネジメントの先駆的事例

残念ながら、二十一世紀企業としてホロニック・マネジメントを本格的にやり遂げている企業はまだない。現状は、“このままだと危い”という危機感に裏打ちされた問題意識をもって部分的にマネジメントのホロニック化に取り組みはじめた企業が、大企業を中心に増えつつあるというのが実態であろう。本稿でも既に紹介した立石電機、京セラ、本田技研、日本電気などはその代表例である。

しかし、一方、現段階では企業としては取るに足らない存在に過ぎない小さな企業で、本格的なホロニック・マネジメントの実験が進められているのも事実である。前章で紹介した主婦企業ドゥ・ハウスや、オルタナティブ・カンパニーを標榜するクロス・メディア・ハウスなどがそうである。私は、このような企業群が二十一世紀の日本を支えるものと確信している。ちなみに、ドゥ・ハウスの小野社長は、ドゥ・ハウスのようなタイプの企業の中から二十一世紀には一兆円企業が輩出するという大胆な予測をされているが、私も間違いなくそうなると思っている。ここでは、そのような問題意識から、ユニークな事例として、ベンチャー型シンクタンクである科学産業開発、コミュニケーション・ビジネスの旗手U・P・U、住宅団地やマンションなどの企画・設計を手がける類設計室の三社を取り上げておこう。

◆科学産業開発のケース

科学産業開発(本社東京、社長瀬藤進一氏、資本金七二〇〇万円)は、創業五年目の若い会社で、年間売上高約四億七〇〇〇万日、従業員約四〇名の小さな会社である。この程度のシンクタンクは、この業界では珍しくも何ともないごく普通の規模であるといえる。同社のユニークな点は、企業を上下組織ではなく、仕事本位の水平組織にし、“ホリゾンタル・カンパニー”というコンセプトで運営しているところである。同社では、スペシャリストとして十分な開発力と営業力をもつ人材をパートナー(現在八名)とし、パートナー集団として企業を組織している。管理部門は、この集団の事務局として位置づけ、そのオーバーヘッドコストを一五%以内に抑えている。各パートナーのスタッフ(現在二六名)はいずれパートナーとして自立が期待される、いわゆる「見習い、内弟子」に相当する人であり、パートナーの仕事を手伝いながら仕事を覚える人々である。彼らの給与はパートナーの責任によって支払われる。

科学産業開発の主要な仕事は、コンピュータシステム開発、科学技術開発、産業・市場調査、コミュニケーションの四分野を中核とするシンクタンク事業である。高度な能力の求められるこの分野の仕事を遂行していくために、各パートナーの自主性が尊重されており、各パートナーは、同社の仕事をやろうが他杜の仕事をやろうが全く自由であり、またプロジェクトの遂行にあたって外部メンバーの力を借りることも認められるし、さらに外部のプロジェクトにスタッフの一員として参加することも自由である。

同社の基本には、自立しうるレベルの高いシンクタンクを創造するには、新しい企業形態が前提となるという考え方がある。すなわち、一般の会社と同様な形態をとっていたのでは、一流専門家の能力に見合う報酬の支払いも困難であり、また人材の育成も大きく制約されるというのてある。そのための方法が、前述したホリゾンタル・カンパニーづくりなのである。

さらに、科学産業開発のユニークな点は、これまでのシンクタンクが机上の知的作業を中心とするのに対し、知的生産の成果を具体的な事業に展開していく仕組みをもっていることである。図6は、その仕組みを図示したものである。このようなトータルな活動を展開することによって、同社は既存のシンクタンクがぶつかってきた限界を突破しようとしている。同社の試みは、これからの知的生産中心の時代における新しい組織と事業づくりの面で、極めて示唆に官む壮大なる社会的実験であるといえよう。

◆U・P・Uのケース

U・P・U(本社東京、社長吉澤潔氏、資本金二〇〇〇万円)は、八四年度末で売上高一八億五〇〇〇万円、従業員約八〇名の創立二年目を迎えたばかりのミニカンパニーである。大学新聞への広告の取次・企画・制作を目的として一九七四年にユニバーシティ・プレス・ユニオンという名前で設立された同社の主要業務は、企業の戦略的な採用PR計画を手伝うことである。同社は、リクルートに代表される定型的合同掲載(ガイドブック)方式が、企業固有の人材ニーズはもちろんのこと、学生の着目度も職業や企業への動機づけの機能ももたないことに着目し、一企業ごとのオリジナリティを生かしたオーダーメイド商品をつくることで着実に業容を拡大している会社である。すなわち、“一つ一つの企業には、独自の理念、人材の思想があり、求める人材は自ずから違うはずだ”という信念に基づき、トータル・プランニングとコンセプト・メーキングによって企業の固有のニーズに応え、リクルートを差別化しているのである。

U・P・Uが現在志向しているコンセプチュアル・ビジネスを具現化していく上で、欠くことのできない基本方針がある。それは、次の三つの価値基準を満たすことである。

(1)イノベーティブ……既存の社会、産業、技術に対して新機軸の提案をはらむ革新的な事業を追求すること。

(2)モチベーティブ……U・P・Uのメンバーにとって自己表現の機会となり、一人一人の野心を触発しうる事業を迫求すること。

(3)プロフィッタブル……企業としてのU・P・Uの展開の源泉を再生産しうる事業を発見し、その設計を行うこと。

このような明快な企業哲学のもとで、今、U・P・Uは次のような三つの新しいビジネスを展開しつつある。その第一は高度で総合的な人材ビジネスの開発とその事業化である。グループ企業に、「IBM退社宜言」で有名な玉村富男氏を会長に迎えた日本ビジネスシェアリング(JBS)という人材派遣会社をもつU・P・Uは、今、ベンチャービジネスやニュービジネスに優れた人材を供給するシステムを開発中のところである。

第二は、次世代の採用PRのあるべき姿を追求するPRビジネスの展開である。PRが技術や量のレベルで語られる現状から脱皮し、企業と社会とのリアル・コミュニケーションを目指す“コンセプトに基づいた定性的PR”への道を目指しているのである。もちろん、コンセプト開発に並行し、新しい映像媒体やニューメディアを取り入れたメディアミクスの検討など新しい技術開発に対しても、強力な取り組みが行われているのはいうまでもない。

第三の構想は、情報ビジネスである。情報社会におけるビジネスチャンスは、プランナーの側にあるという基本認識に基づき、マン・マシン・インターフェイスにおける提案を具体化しつつある。その代表的な例が、CATVやINSなどのように巨大なインフラ投資を必要としない画期的な映像情報システムであるメディア・ショップ・システムである。これは、マイクロコンピュータとビデオディスクを利用し、誰もが簡単に鮮明な画像情報を任意に検索できるもので、今注目を集めているシステムである。

このような新しいビジネス構想を展開しているU・P・Uの組織理念は、「自立した個人の自前の組織」であり、いつまでも「ガキっぽさ」を失わないことに置かれている。今日の企業社会を支配する効率の論理を排し、職業的な表現を意欲的に求めて協働する個人が集まる場においては、何よりも「コミュニケーションの最大化」が優先されるべき価値だと考えて組織運営を行っているのである。具体的には、一定水準の技術・職能・経験を有するメンバーは、プロデューサーとして仕事を企画し、実行していく権限を完全に委譲されるシステムが採用されている。

このU・P・Uの企業づくりの実験は、今、本格的なスタートを切ったばかりである。しかし、私には、ドゥ・ハウス同様、U・P・Uグループも二十一世紀には一兆円企業として大きく羽ばたいている予感がしてならない。

◆類設計室のケース

類設計室(本社大阪市、社長岡田淳三郎氏、資本金八八〇〇万円)のケースは、ネイスビッツのいう“企業家連合”による企業づくりを先取りする面白い実験である。

同社は、一九七二年の設立以来、一貫して「全員参加経営による共同生産組織体」を目指してきている。「工業生産の時代から意識生産(著者のいう知的生産と同義)の時代へと時代が移りつつある状況のもとでは、雇われ人の感覚ではダメで、会社全体を十分知った上で発揮される創造力が必要」(岡田社長)という立場から、同社では他社にない独得の全員参加経営の試みが行われている。

その一つは、全員取締役方式である。入社三年目で全員を取締役にするシステムであり、現在、全社員二三三人中、一一七人が取締役になっている。社員の半分以上が取締役の会社は、わが国では恐らく同社だけであろう。マンモス会社の新日鉄でさえ、取締役は同社の半分以下なのである。

全員参加経営の第二の特徴は、同社では給与などの制度制定権、人事権、指揮権はすべて全社員がもつことを原則とし、すべての重要事項が会議によって決定されることである。東京、大阪の各事務所にある一〇人単位の合計一三の設計室ごとに、毎週一回夜会議が行われ、それをベースに室長以上で構成される代表者会議で最終的な決定が下されるシステムである。あらゆることが全員で決められるという原則は、社長を含む幹部八人の選任についても例外ではなく、毎年三月末に全員が直接選挙を行うことになっている。

第三の特徴は、徹底した情報公開制が採用されていることである。同社では、各設計室単位で、個別物件の内容から売上高、利益まであらゆる経営指標を半年ごとにまとめて全社員に配布している。同時に、社員の一人一人が半年間にどんな仕事に何時間携わったかという活動記録表も提出される。要するに、互いの役割と貢献に関して互いが明確に認識しうるシステムを確立し、そのベースに立って一人一人が経営者としての自覚から事業展開を進める組織づくりが行われているのである。

同社の八五年三月期の年間売上高は一八億七〇〇〇万円となっており、設立以来、年平均三〇〜四〇%の成長を続け、給与も業界平均の一・三倍となっている。自主管理による共同生産体を理念とする同社の試みが、最終的に同社の目標とする三〇〇〇人という大組織になっても、相変わらずダイナミックな形で展開されていることを祈らずにはおれない。


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