2 男性優位の企業社会の崩壊−−男と女の物語

◆平凡な女性が企業社会を変える

ここまでは余り触れてこなかったが、実はこれからのわが国の企業社会の動向を規定するもう一つの重要な要素がある。いうまでもなく、それは女性の企業参加の拡大である。既に、一九八五年五月十七日「男女雇用機会均等法」が成立し、八六年四月から施行されることが決まっている。この法律は、まだ多くの限界をもっているが、男性優位の企業社会に法の側面からクサビを打ち込んだという意味において極めて象徴的な役割を果たしており、これをきっかけにして女性の企業参加へのニーズは一躍拡大するものと思われる。

最初に、現在、女性の置かれている状況を見てみよう。八三年時点で見ると、女性の就業者は一三六〇万人を超え、雇われて働く女性も一四八六万人に達しており、就業者の三九%、雇用者の三五%が女性である。アメリカの八〇年時点での女性の就労比率は四三%であるから、この面での日米格差は縮小してきている。しかし、量的な面では著しい女性の職場進出も、まだ質の面では大きく立ち遅れている。例えば、賃金について見ると、女性の賃金は男性の五三%に過ぎない。もちろん、この点ではアメリカの女性も同様で、八〇年のアメリカ労働省女性局の調べによると、女性は男性の六六・四%となっている。職場における女性の地位の低さは、賃金の安さとともに管理職の割合の少なさにも現われている。アメリカでは管理職一〇人のうち三人は女性であるが、日本では六・七%、大企業の管理職となるとまだ〇・五%にも達していない。しかも、その大多数は永年勤続の結果、課長にもなれないという状況である。

なぜ、このような結果になっているのか。それは、物的生産中心の工業社会において、「男は仕事、女は家庭」という社会的分業が成立し、長い年月の間に男と女の役割をあたかも生まれながらの自然な役割分担であるかのごとく固定化してきたからである。先に触れた会社人間がわが国の企業社会に蔓延したのも、実はこのことに遠因があるからである。話が少し脱線するが、「会社人間=男性」ではないことにご注意いただきたい。「会社人間」といわれるタイプの中には、アメリカでも日本でも女性の経営管理職が目立つという事実がある。女性管理職は、意外とワーカホリック(仕事中毒)で、部下にこと細かに指示を出し、きつ過ぎる人が多いと一般にいわれている。キャリアウーマンとして男性優位の企業社会に飛び込み、男向きのルールの中で女としてより、むしろ時には“タフなこと男以上”ということを身をもって示し、正々堂々と勝ちあがってきた彼女たちにすれば、そのような批判はまことに心外であろう。彼女たちは、企業社会の男どもに、女性の中にも男に負けない優秀な女性がたくさんいることを知らせた点では大いに役割を果たした。

しかし、彼女たちには申し訳ないが、現在まだ主流となっている男性優位の企業社会を改革していく担い手は、決して彼女たちに代表されるキャリアウーマンではないだろう。多分、仕事も人生の一部であるという当たり前のことが自然体として身についている平凡な女性たちが、企業の中に増えてくることが、大多数の会社人間(=男)に最も強烈なインパクトを与えることになるだろう。一社一心の一元的価値観をもち、ツーといえばカーと応えるホモジニアスな体質のもとでこれまで経済戦士として闘ってきた男どもにとって、これほど説得しにくい異質な存在はないからである。私も同席したある会議の席上で、知人の建築家の女性が、「男だけで物事を進めると、必ずどこかでズレる。多分、男は良いモノを素直に良いと認めずに、そこにキチンとした理屈がないと評価しない生き物なのだ」と痛烈な皮肉をいっていたが、豊かな感性を武器にする女性は、確かに男にとって異質な存在といえよう。大多数の男は(かくいう私も含めて)、理屈の上では百歩譲って女性の職場進出や機会均等を認めても、陰では現実に自分が女性とチームを組むことは余り好まないし、いわんや女性管理職のもとで仕事をする羽目に陥らないことを祈っている。

しかし、産業社会が工業社会から情報社会へと移行しつつある中で、伸びている産業は女性の能力が発揮しやすいものが多く、今後、ますます多くの女性が企業社会の中に参入してくる傾向は間違いなく加速度的に進んでくる。女性の活躍の余地の少ない海運、鉄鋼、石油化学といった重厚長大型の産業は軒並み構造不況業種となっており、しかも、このような業態に属する企業では、とかく男中心の慣行が固まってしまっているケースが多い。環境の構造変化が進む中で、何とか二十一世紀に向けて存続・発展をはかろうと必死になっでいる大多数の企業にとって、人類の半分を占める女性を頭から無視できるわけがない。とりわけ、中堅以下の企業にとっては女性社員のもつ意味は大きい。なぜならば、中途半端な過保護の男に比ベ、彼女たちはよりハングリーで腰を据えて仕事をしようとする意欲をもっており、まだまだ女性の就職の間口の狭いわが国では、企業によっては優秀な女性のほうが採りやすいからである。やってきた新卒男子だけの中から採用すると、下手をすれば、ボンクラの集団になりかねないからである。

もちろん、一般的にいっても、人口の半分は女性であり、女性を顧客とする商品・サービスの開発に女性が参加することは極めて自然であるし、何よりも、まだ日本の家庭では女性がサイフを握っているのである。にもかかわらず、女性の気持ちや感性に対して鈍感な経済戦士が、下手に気合や思い込みで変な商品やサービスを考えるから話がおかしくなるのである。つまり今、企業は、女性を人材として活用していく体制をとらないと、構造変化の進む社会に敏感に反応していくことができなくなりつつあるのである。要するに、企業は道徳的な見地や社会的責任(あるいは社会的妥協)から女性を受け入れるのではなく、自社の存続と発展を賭ける経営戦略の立場から女性を戦力化せざるを得なくなってきているのである。このことについて、もう少し述べてみよう。

◆ホロニック・マネジメントが求める女性型ネットワーク

第II章で述べたホロニック・マネジメントは、組織論の観点から見ると、タテ志向の組織からヨコ志向のネットワーク型組織への移行の必然性を訴えたものである。タテ組織が年功序列という権力構造のヒエラルキーをもつピラミッド型の組織で、男性主導であるのに対し、ヨコ組織は、感性新世代を中心とする若者や女性向きの組織といえよう。なぜなら、彼ら、とりわけ女牲は権力構造の中で戦闘的にやりとりすることには不向きであり、どちらかというと、家庭の運営に代表されるように知らない間に何となく構造を変えてしまうソフトなやり方が得意だからである。企業の中に、女性の繊細な感性を生かした新しい神経系のネットワークが張りめぐらされると、今まで見すごされていた様々な情報を鋭敏にキャッチすることが可能となり、企業に新しいバランス感覚を生み出すことになろう。環境への的確な適合によってしか存続しえない企業にとって、このことのもつ意味は限りなく大きいものといえよう。

経済のソフト化、サービス化の進む今の時代には、主婦企業を基本コンセプトとするドゥ・ハウスのような会社のやり方を黙って見逃すと、企業はいたずらに座して死を待つことになりかねない。新たな存続と発展を図るためには、女性の価値観・論理のような異質な要素を積極的に企業の中に取り込んで、内部にネットワークを張りめぐらせることが重要になってきているのである。企業成長の要件の一つは、絶えず人材の異種配合を行い、その活力をパワーとするハイブリッド経営を展開することであるといわれる。日本におけるその代表的な例は、既に紹介した本田技研工業である。ハイブリッド化を進めるための一つの手段は、全く異質な人材である外国人を導入することであるが、グローバル化が進んだ今日でも、大多数の企業にとってこのことは並大抵ではない。ホモジニアスな日本的集団主義の弊筈を打破する当面の戦略は、男性優位の企業社会にとって異質な人材である女性を採用し、戦力化していくことであり、その経験の上に立って、次のステージで外国社員の拡大を図るべきであろう。

これから進む職場への女性進出の急激な拡大は、日本的経営を支える主要原理である年功序列と終身雇用という制度の崩壊をさらに加速化することになる。

その第一の理由は、職場にどんどん増える女性に対し、年功で男性社員と同じ賃金を支払う余裕のある企業は恐らくないであろうから、能力主義の旗印のもとで採用した女性の戦力化に各企業とも躍起になるであろう。そのことが今、企業で進められつつある能力開発主義の傾向をさらに強める方向に結びつくと思われるからてある。二つめの理由は、出産・育児を抱える女性を主要な戦力にすると、出産退職(休職)が不可避であることから、企業内に断続的な雇用を常態とさせ、その面から終身雇用の再検討が迫られることになるからである。

いずれにせよ、男女平等は時代の流れであり、好むと好まざるとにかかわらず、会社の中に多くの女性が存在することは至極当たり前のことになる。我々男性は、今のうちに女性の上司をいただくことが、男のこけんにかかわることでも能力的に劣っている証拠でもないことに慣れなければならない。それにしても、女性にお願いしたいのは、男に輪をかけたタフな経済戦士になることだけは願い下げにしていただきたいということである。出来れば、成功する女性ほどおしゃれでリラックスしたエレガントな女(ひと)であって欲しい。男に限らず女も、成熟した人間が企業社会のリーダーシップを取ることが、新しい産業社会の創出に向け、企業を改革していく正攻法だと思うからである。

厚生省が八五年六月末に発表した「簡易生命表」によると、日本人の平均寿命は、八四年時点で、男七四・五四歳、女八〇・一八歳になったことが明らかになった。女性の平均寿命が八〇歳を越えたのは世界で初めてのことである。ことほど左様に、わが国の女族はしぶとく強い存在なのであり、当分の間、我々男性にとっては辛い時代が続くことになりそうである。


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