4 企業人教育のニューパラダィム

◆新企業人の能力体系とは?

知的生産の時代に求められる企業人の能力とは、一体どのようなものなのであろうか。ここでは、そのことに関して私なりの考え方を述べてみたい。

一般に、人の能力は、「態度・価値観」「知識」「技術」の三つの側面に分けて考えることができる。この三分法に基づいて、新しい時代の企業人の能力体系をまとめると、図7に示すようになる。もちろん、この三つの能力は相互に密接に関係しており、他と独立して機能するものではない。

(1)「態度・価値観」

「態度・価値観」の側面で最も重要なのは“志の高さ”をもつことである。いいかえると、自分の人生において社会との関係の中で、実現したい何らかの目標があるということである。目標をもつことによってはじめて、それと現実との間のギャップが認識でき、問題意識が高まるのである。また、目標の存在によって、それを実現しようとする気概(やる気)も生まれてくる。人の能力には、基本的には、それほど大した差があるわけではないから、結局のところ人生の勝負は、志の高さとやる気を土台にして、地道に目標の実現に向かって努力するかどうかにかかってくるであろう。芥川龍之介が『侏儒の言葉』の中で、“運命はその人の性格の中にある”といっているのも、多分、同じことを意味しているのだと思う。志の高さに関わる今一つの味わい深い言葉を紹介しておこう。それは、福沢論吉が『学間のすゝめ』の中で書いている“独立の気力なき者は必ず人に依頼す。人に依頼する者は必ず人を恐る。人を恐る者は必ず人に諂(へつら)ふものなり”という一節である。我々は、この気持ちを忘れず、志を高くもって目標の実現に邁進したいものである。

(2)「知識」

「知識」の側面で重要なことは、時々刻々生産される情報や知識を片っぱしから覚えていくことではなく、世に溢れている情報や知識を的確に位置づけることのできる自分なりの包括的な認識枠組をもつことである。知識というのは、一般にその時代における様々な社会事象や自然現象を最もリーズナブルに説明したものといってよい。したがって、時代が転換期に入り、既成の様々な秩序が崩壊しつつある今日、これまでの知識の体系では現実に生じつつある様々な現象をうまく説明できなくなってくる。ピーター・ラッセルの『グローバル・ブレイン』(工作舎)に代表されるニューサイエンスの世界での取り組みも、結局のところ、時代の目指すべき方向を説得力をもって説明しうる新しい知識の体系を再構築する試みであるといってよい。

このことは、企業人教育の世界においても例外ではない。伝統的な経営管理や、他社における先進事例の勉強が企業人教育の中心を占めていた時代には、日本能率協会や日本経営協会などのいわゆるマネジメント団体が一手に企業人教育を引き受けていた。ところが、今日では、大学の講座の社会人への開放、NHKの放送大学、主要企業での中央教育学校の開設、各種カルチャーセンターなど競合ライバルが多様化し、拡大してきている。人々が生活の中で自己実現を図ることに対して、企業が役割を果たしていくためには、もう一度原点に立ち帰って、“人間とは”“人間の豊かさとは”“人間の幸せとは”といった、一連の問いかけを行うことからスタートする必要が出ているのである。

我々は今、成熟社会における自分なりの生活の流儀を模索していくために、新しい教養主義とでもいうべき包括的な認識枠組を身につける必要に迫られている。企業が機会開発産業への取り組みを強めていくためには、このような“透明な知性”をもった人間が企業社会の中に増え、オピニオンリーダーになることが求められているのである。本来、知の世界には年功序列も多数決も無縁であり、知の絶対水準が唯一ものをいう世界であるはずである。ところが、企業の知的生産の現場においては、まだ年功序列や民主主義に名を借りた多数決がまかり通っており、透明の知性をもった人々にはスムーズに受け入れられていくことが理解されなかったり、無視されたりする状況がある。

水の中に生息する生物にとっては、たとえ一ミリしか離れていない場所であっても、水の外の世界については認識することができない。このたとえに示されるように、認識レベルの下位の人には、本当のところ上位の人のものの考え方は理解できないのが、絶対水準を問われる知の世界の辛いところである。大学を出たての一人の若者が、その企業で“最もよく見えている人”であることも十分ありうるのである。我々は絶えず、“もしかしたら彼(あるいは彼女)は自分よりも、より包括的な枠組でより的確に問題をとらえ、自分に見えないところも見据えているのかもしれない”という謙虚な気持ちをもって互いに知的対決をしなければならない。的確にものを見る眼などというものは、結局のところ、そのような日常的な努力によってはじめて身につくものなのであろう。

(3)「技術」

「技術」の側面で重要なことは、コンピュータや統計解析などの固有の専門技術を身につけることではない。もちろん、それも重要であるが、ベースとなるのは汎用的なソフトテクノロジーとしての“考える技術”を身につけることである。今はやりの言葉でいうと“戦略思考”のことである。考える技術は、図8に示すように三つの分野から構成される。

思考の広さとは、問題をあらゆる角度から眺め、関連のありそうなものをすべて考えるプロセスであり、主としてアイディアを生み出す創造的思考がこれに相当する。ここでは、オズボーンのチェックリスト法に始まり、川喜田二郎のKJ法、中山正和のNM法、ブレーンストーミング法など多くの創造性開発技法といわれる諸手法が参考になる。

思考の高さとは、問題解決の水準を高める質の高い思考のことであり、主としてこれまでの体験のすべてが相乗効果を伴って生み出す理屈を超えた直観的思考のことである。残念ながら、この思考を意図的に訓練する具体的な方法論はない。しかし、私には、前述した“志の高さ”とか包括的な認識枠組をもつことに対する努力を継続していくことが、直観思考を練磨していくことに大きく関係しているように思われる。

思考の深さとは、広くそして高く考えたアイディアを合理的にある目的や目標に向かって筋道をつけ、収斂させていく技術であり、主として論理的思考がこれに相当する。ただし、ここでいう論理的思考とはアルゴリズムや記号論理などの狭い範囲にとどまるものではなく、言葉の概念操作に基づく認識のアプローチとしての広義の論理を指している。この能力の強化には、主題を的確に表現する“書く訓練”を日常的に継続していくことが最も効果的であると思われる。

◆論理的思考の訓練

我々は、無意識のうちに前記の三つの思考を駆使して問題解決にあたっている。しかし、神様かまたは天才でもなければ、この三つの思考を完璧に身につけることは困難である。したがって、個人レベルでは、相対的に自分の得意とする思考タイプに磨きをかけていく努力をすることが実践的だといえよう。しかし、論理的思考に関しては、それが相対的に鍛えやすく、また、パソコンネットワークなどを通して国境の壁を超えた普遍的なコミュニケーションを行う上でも不可欠の技術であるだけに、一定のレベルに達するまで訓練していく必要があるだろう。

ここで、考える技術の範疇に入る実践的思考技術として有用なソフトテクノロジーをいくつか紹介しよう。

(1)理想システム・アプローチ

まず最初に紹介するのは、理想システム・アプローチである。これは組織が解決を追られている課題を、いったん何の制約条件もない、したがってノータイム・ノーコストのもとで理想的に解決した場合の状態を想定し、次いで現実的な種々の制約条件を加味して妥当な問題解決レベルを見出すシステム志向のことである。転換期において企業に求められている問題解決は、現実の隘路にとらわれない、思い切った本質的なアプローチを必要とする場合が多いだけに、この方法は極めて有効である。また、最終的に目指すべきゴールの方向性が明確になれば、当面トライしようとする問題解決が、全体のシステムのどのレベルに相当するかの位置づけも可能となり、組織の置かれている状況変化との対応で機動的に問題解決に取り組むことができるようになる。理想システム・アプローチの基本を図示すると、図9の通りである。

(2)目的手段の機能展開

二番目に紹介したい技法は、目的・手段の論理で機能展開を行う方法である。問題の構造を明確化していく時の主要な論理が原因・結果の体系であるのに対し、我々が具体的な問題解決のための企画プロセスで用いる論理は、ほとんどがこの目的・手段の体系である。目的・手段の連鎖は図10に示す通り、当該レベルの目的に対する手段が一つ下のレベルの目的となることに注意してもらいたい。

具体的には、図11に例示したように、左から右への流れは、“どうやってそれを実現するか”というHOW?の問いかけでブレークダウンされており、逆の方向の流れは、“なぜそんなことをするのか”というWHY?の問いかけで展開されている。目的・手段の論理展開は、代替案評価の前提となる極めて重要なステップであり、あらゆる事柄に対して意図的にこのアプローチを用いる習慣をつけることが望まれる。

(3)仮説設定型アプローチ

最後に紹介するのは、仮説設定型アプローチである。これまで我々が用いてきた主要な問題へのアプローチの技術は、西欧流の「演繹法」と「帰納法」の二つである。前者は既知の法則によって問題を解こうとする方法であり、後者は経験した事実の中からある法則性を見出そうとする方法である。しかし、産業社会の転換期においては、既存の科学の体系自体も再編を余儀なくされており、このような論理実証主義的アプローチに限界が生じてきている。とりわけ、実践への有効性とスピードの問われる企業経営の面で問題が生じている。

仮説設定型アプローチは、このような状況のもとで注目を浴びている手法である。すなわち、既知の法則に頼るのではなく、また、個別事象の分析に埋没することもなく、全体の構成を大づかみに把握し、重要な論理の筋道を「仮説」として設定し、具体的行動のフィードバックの中でその仮説を検証し、ダイナミックな形で問題解決を図ろうとする方法である。この方法の特色は、直観とか発想とかを生かす柔軟さと具体的な行動のプロセスを重視する実践性にあり、企業がこれまでのやり方を大きく変えていく場合、戦略に新しい視点転換を求める上で極めて有効な方法である。

以上紹介した三つの手法は、暖味模糊とした状況の中から、問題を鮮明にし、具体的な解決を可能にしていく上で欠くことのできない“問題に対する定性的なアプローチの技術”である。

新しい時代の知的生産をリードする企業人の理想型は、多分、胸に志の高さという熱いハートを抱き、包括的な認識枠組に支えられた透明な知性をもち、クールに思考技術を適用して、困難な課題を実現していける人なのであろう。このような“知的職人”タイプの企業人を何人抱えることができるかどうかが、これからの企業の未来を規定する基本的な制約条件なのである。なぜならば、人々の自己実現に関する機会開発分野に携わるこれからの企業人にとって、ビジネスマンが対応を追られる三つの領域(図12参照)のうち政治的側面−−自分たちの主張(技術・商品サービスなど)を社会の中でどう生かしていくべきか、そのための隘路とそれを克服する方策を生み出し、その実現のためにリーダーシップをとること−−に関する役割が何よりも重要になってくるからである。


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