4 機会開発時代のマーケティング戦略

◆“機会開発”に向かう消費者たち

マーケティングマンにとって、現在ほど辛い時代はかつてなかっただろう。科学的マーケティング手法なるものを駆使して、客観的に新商品を開発し、市場に送り届けてもさっぱり売れなくなったからである。

これまでのわが国のマーケティングは、極論すると、アメリカ流の販売の科学手法を下敷にしてやってきたといってよいだろう。消費者のデモグラフィックな特性(性・年齢・職業・所得・住んでいる地域の特徴など)を定量的に分析し、マスとして存在した各々の階層のグループに適した商品を開発し、大量の広告によって商品の知名度を向上させ、購入させるというやり方である。最近では“消費は美徳である”とする画一的な価値観を前提に、コマーシャルによって大量生産・販売を促すこのようなアメリカ流のやり方は、基本的に通用しなくなってきている。例えば、これまでだとテレビの一五秒スポットに四〜五億円かければ、五〇〜六〇%の知名度の向上が可能であったといわれてきたが、現在では一○%の知名度しか得られないという惨憺たる状況になっている。

なぜこのようなことになってきたのか。その原因は、既に何度も指摘してきた通り、今、消費者を一律にとらえられない時代に入ってきているからである。供給過剰時代の中で、一応モノに満ち足りた(前述した住居等は別として)消費者は、今、これまでと違う何か新しい生活のあり方を求めており、それが消費の多様化や複雑化をもたらしているのである。これからは、生活の中で圧倒釣に自由時間が増大してくるから、人々が生活の中で自己の可能性を追求し、実現していく“機会開発”の傾向がますます顕著になってくるだろう。

◆四つのマーケティング戦略

それでは、企業はこれからの機会開発時代のマーケティングをどう進めていけばよいのだろうか。以下で、私なりの仮説を述べてみたい。

(1)情報武装の徹底化

これからは、多様化し複雑化しているマーケットに関する情報を的確に、しかも迅速にとらえることがますます重要になってくる。これまでのマーケティングにおける顧客の把握は、デモグラフィックな特性を統計的な分析によって分類することが中心であり、ある意味では科学的でない大雑把なやり方であったといえる。一人一人の顧客の実態に追るところまでは、とてもアクセスできなかったのである。

しかし、情報技術というハイテクを用いることが可能となった現在、事態は一変した。POS(販売時点情報管理)システムとクレジットカードとを結びつけることによって、何十万人、何百万人であろうと一人一人の顧客の消費支出の実態が把握できるようになってきているのである。一人一人のお一客の個性を的確に把握できるのは、これまでは客数の少ない専門店や零細な小売店だけであったことを考えると、このことのもつ意味は大きい。これからは、流通企業に限らずメーカーも、系列の販売をこのような能力をもつ情報網に切り換えていかねば生存しえなくなるだろう。例えば、コンビニエンス・ストアの旗手であるセブン・イレブンではPOSシステムの導入によって、単品別・時間帯別のデータ分析を行い、キメ細かな商品供給システムを実現している。鮮度の求められる弁当などの商品の場合、これによって一日三回の納品を行わせているほどである。このようなシステムが確立したことによって、メーカーは、売れる数だけ作るという効率的な生産が可能となるし、小売側では売り逃しや売れ残りを防ぐことができるのである。

しかし、POSシステムやクレジットカードを用いて収集・分析する数値情報は、消費者の購買行動の結果を後迫いしたものである。したがって、売れ筋や死に筋は把握しえても、これからどんな商品を開発すれば売れるかという、企業にとって最も知りたい問いに答えてくれるわけではない。ハイテクによるハードな情報武装だけでは、顧客の消費者としての日用品を中心とした購買行動の実態はつかめても、本当のところ生活者や機会開発者としての顔はつかめないのである。

(2)情報発信源へのアクセス

人々はこんな商品を欲しているはずだという見込みで新商品を作るより、人々が現に欲しがっているものを作れば確実に売れるはずである。そのためには、人々の生活そのものの場=“情報発信源”ヘアクセスし、人々の本音をつかまえなくてはならない。そのことを反映して今、消費者を主婦、学生、OLなどに分けで組織化し、彼らの本音を生の形=“定性惰報”でとらえるニュービジネスが繁盛している。

第I章で紹介したドゥ・ハウスも主婦の本音を引き出す新しいタイプのマーケティングリサーチの会社である。また、八五年五月には、若者の流行やニーズをとらえ、企業に情報提供する新しい会社クラブ・キッズ・クラブがスタートした。原宿明治通り沿いにオープンしたファッションビル「COXY188」を拠点に、ビルの外の通り沿いに設置したビデオカメラで若者の生態をとらえたり、インタビューの様子を映し出し、リアルタイムで若者の流行現象を企業に提供している会社である。消費財を扱うメーカーでは、従来タイプの系列小売店と異なるこのような新しいタイプのアンテナショップをつくって、消費著の本音を引き出す努力が必要となっている。今求められているのは伝統的なチェーン・ストアではなく、“地縁ストア”や“知縁ストア”の機能を果たす店なのである。

さらに学ばねばならないのは、生協の共同購入方式での情報創造活動である。生協では販売の最末端で七〜八人の組合員からなる主婦が共同購入を進めているが、この活動の中から生活に密着した主婦のニーズが把握され、数多くの生協の独自商品(CO−OP商品)の開発に結びついている。主婦のインフォーマルなネットワーキングの中から新たな商品が創造されているのである。実験中のアスキーのパソコンネットワークもねらいは全く同じである。ネットワークに加入しているパソコン愛好者が、互いに情報をやりとりする状況の中で生まれてくる様々なニーズをとらえて、新たな電子出版事業を展開しようとしているのである。

このように、今後、企業は機会開発に取り組んでいる多様な人々をネットワーク化し、彼らが欲しがっているモノをタイムリーに提供していく“ネットワーク型マーケティング”を展開していかねばならない。かつてのメーカー→問屋→小売店→消費者というプロセスの中で組み立てられていたマーケティングを、機会開発者(=消費者)→企業(=メーカー)という流れのネットワークに切り換えていくことが求められているのである。まさに、「川上」と「川下」の逆転が生じているのであり、“川下発想”に立って“人々のニーズ”を的確にとらえることができない企業は、もはや存続できない時代に入っているのである。

(3)マイノリティヘのアプローチ

マーケティングの中で最も難しい分野は、今も昔も新商品開発である。いくらネットワークを張りめぐらせ、人々のニーズを把握しても、そこから革新的な商品のアイディアが生まれてくる可能性は少ない。どうしても、人々は自分の頭の中に既にある商品やサービスのイメージに強く制約されるから、既存のものの組み合わせや改良的性格の強いニーズが中心にならざるを得ないのである。したがって、他社を大きく差別化していくためには企業自らが主体的に新しいコンセプトを創り出し、人々に提案していくタイプの高度な新商品開発活動がポイントになる。そこで重要なことは、誰にでも好かれる八方美人的性格の商品の開発を志向してはならないということである。これからは、九割の人に好かれるより、残りの一割に好かれる個性的な商品づくりを目指さねばならない時代なのである。かつてのサントリーの“ダルマ”や、デサントのペンギンマークのような大ヒット商品は生まれない時代が到来しているのである。

その点でワコールの展開は極めて参考になる。現在、専門店や百貨店の高級下着売場で七〇%以上のシェアを誇っている同社では、将来に対する危機意識から次のような新たな戦略を打ち出している。すなわち、東京に設置した事業部において四年前から自らのプロダクトラインに欠ける少しセクシーな下着を「スタジオ・ファイブ」というブランド名で売り出したのである。デザイナーや流通ルートなど自社のこれまでのノウハウを全く無視する形で展開してきた同社の新しいブランドは、今着実に成果を上げつつある。

さらに市場の多様化が進むこれからの機会開発時代には、大衆をねらった大きなマーケットでシェアをとることを考えると失敗する確率が高くなる。今求められているのは、セグメントされた小さなマーケットに対して圧倒的に共感を呼ぶ商品をぶつけ、高いシェアをとる“ターゲット・オリエンテッド”なマーケティングを展開していくことなのではないだろうか。ただし、共感を呼ぶということは、人々の意識の中にある目先の新奇さや面白さを好む傾向にテクニックで応えていくことだけを意味するものではない。面白ブームに安易に乗っかった成功物語ほど、後で手痛いしっぺ返しを受けるものはないのである。やはり基本は、企業哲学にのっとり、自分たちのスタイルを徹底して訴え、それに適合的なライフスタイルをもつ人々の中に根強い支持者を増やし、彼らとともに成長していくスタンスをとることであろう。このようなPA(パブリック・アフェアーズ)的マーケティングを展開していくためには、従来バラバラで活動することの多かった宣伝部門と広報部門との有機的連携が何よりも不可欠である。

(4)プロデューサー・システムの導入

洋の東西を問わず、これまで輝かしい成功を遂げた新商品の事例を見ると、必ずプロデューサー的役割を果たした卓越した能力をもつ人物の存在に気づく。多分、企業内の多くの人々が参加し、民主主義的なやりとりの結果生まれた成功商品など皆無であろう。自己実現を目指す人々の感性欲求がさらに高次化してくるこれからの時代においでは、この傾向はさらに強まっていくものと思われる。

どこの会社にも、市場の微妙な変化を鋭敏にキャッチし、それに応える商品を発想する能力をもった人間が、現場には必ず存在する。問題は、彼らが出したアイディアが最初からつぶされるか、仮に運良く起案されたとしても、課長、部長、常務会へと民主的な手続きを踏んで上がっていくプロセスで寄ってたかって手を加えられ、何の変哲もないものに化けてしまうことである。そこで、従来のルートとは別に、できるだけ当初の生の形(ドラフト)のままでトップマネジメントのところへ届けるためのもう一つの仕組みが必要となる。

そのためには、トップと同じフロアーに部屋をもち、自由にトップの部屋に出入りできる無任所で遊軍のプロデューサーを数名配置し、彼らに自由に社内を徘徊させ、現場での突出したアイディアを拾い上げて形にする役割を担わせるべきであろう。残念ながら、このような知的生産の分野は年功序列も多数決も縁のない世界である。スーパージェネラリストとして極めて高い能力の要求されるプロデューサーには、男女の区別や年齢にとらわれることなく、人物本位で慎重な選択が行われる必要がある。ある意味で、これからの企業の将来は、スーパージュネラリストとしてのこのようなプロデューサーを何人もてるかで決まってくるといってもよいであろう。


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