2 技術の四つの体系

◆第四の技術−−マインドウェア

イノベーションが要素間の新しい結びつきを意味するものだとすると、技術は各要素を結びつけてイノベーションを実現していくための方法ということができる。したがって、イノベーションがメーカー企業における狭義の技術・研究開発にとどまらないように、技術もまたハードの領域だけに属するものではない。

伝統的には技術は、ハードウェアとソフトウェアの二つから成り立つといわれてきた。ハードウェアとは、文字通り“金物”に関する技術であり、材料革新、機能革新などモノの性能の向上に結びつくものである。これに対してソフトウェアとは、モノをより良く利用するための技術で、情報処理を例にとると、コンピュータ本体がハードウェアであり、プログラムに相当するのがソフトウェアである。この二つの言葉は、コンピュータの分野で用いられるようになって定着し、次いで一般に普及し、コンピュータ以外も含めあらゆる分野で使われるようになってきている。どうやら、コンピュータ開発の初期に真空管や銅線を使って回路設計していた技術者たちが、材料を金物屋(ハードウェア・ショップ)から仕入れてくる状況を冗談めかして“俺たちは金物屋さ”とでもいったことから、メインフレーム(コンピュータ本体)のことをハードウェアと呼ぶ習慣が始まったようである。そのうち、プログラム開発などコンピュータ利用技術のことを、ハードウェアに対比してソフトウェアというようになり、今日のように、あらゆる領域で物に関する技術をハードウェアといい、その利用技術をソフトウェアと呼ぶ用法が定着してきたのである。

この二つの技術に加え、近年ヒューマンウェアということがいわれるようになっできた。この言葉は、卓越したキャッチフレーズを創り出すことでよく知られる堺屋太一氏の造語である。堺屋氏は、ヒューマンウェアを人と人との関係における技術ということで“対人技術”と呼んでいる。彼は、この三つの技術をタクシーに例をとって次のように説明している。まずハードウェアとはタクシーそのものを指す。ついで、ソフトウェアとはタクシー運転手の運転技術をいい、ヒューマンウェアとは運転手の客扱いのことをいう。最近でも、まだそのような傾向が残っているが、一時期、会社タクシーが徹底して敬遠され個人タクシーが好まれるという顕著な現象があった。全般に、会社タクシーのほうが車は新しいし、運転手も若くて反射神経が良いだけに運転技術でもうまい人が多いにもかかわらず個人タクシーが好まれたのは、運転手の客に対するマナーが圧倒的に違ったからである。メータ−による料金は同一であるから、行先を告げても返事の一つも返さない無礼な車に乗るより、つまらない気の使い方を一切せずに安心して乗れる個人タクシーのはうが好まれるのは当然のことといえよう。このように、現在では技術の体系をハードウェア、ソフトウェア、ヒューマンウェアの三つの軸で位置づける考え方がかなり定着してきている。しかし、私は技術を人間との間係でトータルにとらえていくためには、中核となるもう一つの軸を加えていくことが必要であると思う(図13参照)。それは、マインドウェアである。マインドウェアとは、人間のもつ最大の財産である意識や精神の世界を解放し、自己の可能性を拡大していくための技術である。

◆精神世界から出発するニューサイエンス

ハードウェアとしての技術が他の三つの技術と乖離してどんどん発達している現代のようなハイテク社会では、改めて技術と人間との関わり方が間われている。とりわけ、一九七〇年代以降、企業ではFA(ファクトリー・オートメーション)、OA(オフィス・オートメーション)、SA(ストア・オートメーション)などに代表されるように、コンピュータがどんどん職場に進出し、様々なフリクションをもたらしてきている。最近、アメリカのクレーグ・ブロードという人が『テクノストレス』(新潮社)という本を書いている。そこで彼は、人間とコンピュータとの微妙な関係が崩れた時に生ずる病気をテクノストレスと命名し、なぜそうなったかを分析している。人々はコンピュータと長い間つきあううちに、その作業基準を自己の内部に取り込むようになってくる。一つは処理時間の限りない短縮(反応の短縮化)であり、二つには完全性の迫求であり、三番目はイエスかノーかという二者択一思考に慣れてしまうことである。このような形でコンピュータに順応すると、人々は創造的に仕事を進めることができなくなり、他人を温かく思いやる能力が低下してくると彼は指摘している。テクノストレスが昂じてくると自分自身にも様々な異常が発生するようになり、表6に示したような身体症状が現われてくるようになる。

このようなハイテク社会における人々のストレスを解放し、リラックスした精神をもつために必要となるのがマインドウェアなのである。高度な技術社会が進展すればするほど、“人間の心がかけがえのない、どんなに大切なものか”という原点に立ち帰り、そこからスタートしてあらゆる取り組みがなされなければならないのである。とはいっても、人間の内なる世界については本当のところまだ余りよく分かっていないのが実情である。

生理学でノーベル賞を受けたアレキシス・カレルも『人間・この未知なるもの』(三笠書房)という本の中で、人間の内なる世界というのは未踏の原野であり、「人間があまりに人間のことを知らない」といみじくもいっている通りである。科学の世界においても、伝統的な方法論である分析的アプローチによってのみ人間を研究することの限界が広範に理解されてきており、その反省から、近年では全体的に人間の存在をとらえようとするアプローチも注目されてきている。とりわけ、人々の意識や精神世界の存在からスタートし、ガイア(生命体)としての地球、さらには宇宙までをトータルに把握しようとする試みがニューサイエンスの潮流となりつつある(図14)。

◆経験的マインドウェアの方法

科学的に立証される方法や技術という意味においては、マインドウェアの領域はこれからさらに新しい研究が必要とされる末成熟な分野である。しかし、メカニズムや原理はブラックボックスであっても経験的に確かめられ、応用され、成果を上げているマインドウェアは数多く存在する。次にそのいくつかを見てみよう。

  1. 最初のグループは、ノイローゼやストレスなどを解消していくために精神科医が主として用いているもので、有名なところでは自律訓練法、バイオフィードバック法、行動療法などがあげられる。

    自律訓練法とは、不安や緊張をとり、いつでもリラックスできるようになるための訓練法で、仰臥姿勢、椅子姿勢、もたれ姿勢などで、六つの公式による標準練習を一日三〜四回(一回約一〇分)繰り返すことによって、起こっていた心身症の症状をとろうとするやり方である。

    次のバイオフィードバック法は、患者の症状(例えば心配事によって首筋や肩がこるという反応を起こしている)を、機械で色や音などに表わしてその程度を知らせ、本人にリラックスするように工夫させる方法である。最後の行動療法は、複数の心理テストによって患者の不安をとらえ、それを不安階層にまとめて点数の低いほうの不安から徐々に解消していく方法で、症状が出そうになる場合には自律訓練法を併用する。

  2. 次のグループは、古くから東洋において悟りの境地に達するための修行として行われてきた禅やヨーガの世界である。今、流行の瞑想(メディテーション)も、その原型は座禅にあり、これらのインドウェアを用いることによって人は無我の境地に入り、自己を解放することができるのである。

    無重力状態で人々をリラックスさせ、疲労やストレスを取り除き、精神の安定を図るための健康器具としてアメリカで開発されたフロートカプセルも、ハードウェア(装置)の助けを借りて人々を無我の境地に誘い込み、リラックスさせる方法であるといえよう。このフロートカプセルには、プラスチック製カプセルの中に塩素処理した比重一・三程度の特殊容液が入っており、その中に人が体を横たえると無重力に近い状態で浮かぶことができる。カプセルの出入口を閉めて光と音を遮断すると、脳波は熟睡時と同じ程度まで下がり、四〇分浮かぶだけで六時間以上ぐっすり眠ったのと同じ爽快さが得られるといわれている。

    また、カプセル内では、人は熟睡時と同じ脳波になりながら目覚めているという不思議な状態に陥り、この状態では記憶や学習の能力が高まり、最高の集中力が発揮されることが確かめられている。そこで、このことを利用して、リスニングクリニックと呼ばれるマインドウェアを応用したコースが可能となる。すなわち、水中スピーカーからテープを流し、記憶力を増強させ、英会話の能力を高めたり、喫煙の害を繰り返し訴えて短期間のうちに禁煙を実現させたりすることが可能といわれている。この例は、意識や精神世界における人間の途方もない可能性の一端を垣間見せてくれるものであり、マインドウェアの開発がいかに重要なものであるかを如実に示している。

  3. 最後のグループは、人間が極めて心身相関的存在であることを踏まえ、体の動きを使って意識の解放をもたらす方法てある。LSD(Long Slow Distance)と呼ばれる“ゆっくりと時間をかけて長い距離を走るランニング”や、“新体道”と呼ばれる新しい体術がその代表的存在である。

    ランニングをすると身体に化学的な変化が起きるということは、最近ではよく知られた事実である。アメリカのバーデュ大学のA・H・イスメルという人が中年の大学教授、職員を相手に行った研究によると、二〇週間ゆっくりしたジョギングをさせたところ、心配、イライラ、憂うつの原因となる血液中のグルコース、テステロン、カテコラミンの量が著しく減少し、テストを受けた先生方の性格が明るくなったという。また、イギリスでの研究によると、一五分間も走ると血液中にエピネフリンという物質が放出されるが、この物質は幸福感を呼び起こし、いわゆる“ランナーズハイ”と呼ばれる現象をひきおこす原因物質だと報告されている。いずれにせよ、走ることによって人々は簡単に無我の境地に入ることが可能であり、アメリカでは“走る禅”と呼ばれる書物も出ているほどである。

    新体道とは、空手をはじめとする凄絶な武道の世界で道を究めた青木宏之氏(東京梁山泊のメンバーの一員でもある)が、過去のあらゆる武道の研究から現代に生きる総合的な人間開発のための体術として創始したものである。青木氏によれば、あらゆる武道の中からいくつかのエッセンスの動きを抽出し、人々がその動きを行うことによって簡単に瞑想状態に入り、自分自身を解放することができるのが新体道であるという。からだは宇宙のメッセージと説く青木氏の精力的な活動によって、新体道は今、国際的なブームになりつつある。

これまで見てきたように、マインドウェアはハイテク社会における技術の体系の中で中核を占める存在である。とりわけ、自由時間の圧倒的な増大のもとで人々が自分自身の可能性を追求し、自己実現を図ることに全力を傾ける機会開発時代においては、精神世界をコントロールする技術であるマインドウェアの開発が一層重要になってくる。その意味で、これからの時代においては、ハードウュアの開発においてもマインドウェアの開発を中心軸に置き、四つの技術が一体となった取り組みが志向されなければならないだろう。


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